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サティー、サッティ〔古い日本語における音写。1963年初版発行の江口清翻訳による『八十日間世界一周』などが「サッティ」表記を採用している。〕 (Sati, सती) は、ヒンドゥー社会における慣行で、寡婦が夫の亡骸とともに焼身自殺をすることである。日本語では「寡婦焚死」または「寡婦殉死」と訳されている。本来は「貞淑な女性」を意味する言葉であった。 == 歴史 == この慣行についてヒンドゥー教の法典に根拠となる記述はなく、いつ頃始まりどのように広がっていったのかはっきりとは分かっていない〔『世界歴史体系 南アジア史2 中世・近世』 p.324〕。史書なきインドと言われているように、ヒンドゥーやバラモン教徒による古代インドの記録は存在しておらず、サティーについての記録はヨーロッパ人やアラブ人の記録に見受けられる。古くは紀元前4世紀のギリシア人は西北インドで寡婦焚死の風習があった記録を残しており〔『世界の女性史15 サリーの女たち』p.245〕、中世にはインドの各地方に広まり、9世紀の『中国とインドの諸情報 第一の書』〔『中国とインドの諸情報 第一の書』 p.68〕や、14世紀のイブン・バットゥータ『大旅行記』〔『大旅行記 (4)』 p.309-313〕といったアラブ人による書物にも記載が見られるようになる。 17世紀のムガル帝国で支配者層であったムスリムは、サティーを野蛮な風習として反対していたが、被支配者層の絶対多数であるヒンドゥー教徒に配慮し、完全に禁じていたわけではなかった。その代わり、サティーを自ら望む女性は太守(ナワーブ)に許可を申し出るよう義務付け、ムスリムの女性たちを使って可能な限り説得を行い、それでもなお希望する者にのみ許可を与えた。ただ、全ての土地にムスリムの太守がいるわけではなく、説得が行われていない地域もあった。 必ずしも寡婦の全てがサティーを望んだわけではない。中にはヨーロッパ人や家族の説得に応じて寸前で思いとどまった者もいたが、ほとんどの志願者は夫と共に焼け死ぬ貞淑な女性として自ら炎に包まれた。炎を前に怖気づいた者は、周りを囲むバラモンに無理やり押し戻されるか、仮に逃げたとしても背教者としてヒンズー社会から排除されるため、その最下層(アウト・カースト)の者に身を委ねざるを得なかった。場合によって、そのことを期待した者が見物に集まってくることもあったという〔『ムガル帝国誌』 p.94-108〕。 18世紀の初めにはサティーはほとんど行われなくなったが、イギリス植民地時代の18世紀末以降、ベンガル地方の都市部で再び盛んになる。理由は諸説あり、植民地時代の混乱の中で寡婦が夫の幽鬼を宿す不吉な存在として不安の矛先が向けられたという説や、ベンガル地方の法律が寡婦に相続権を認めており、夫の親族によってサティーを強制されたという説もある〔ベンガル地方やアッサム地方のヒンドゥー法は、改革派と呼ばれるダーヤバーガ派に属する。それ以外のインド全域は、正統派と呼ばれるミタークシャラー派に属する。〕。イギリス東インド会社はサティーの問題を早くから認識していたが、セポイの反乱を恐れ、具体的な対処は19世紀以降になる。1810年代に入り、16歳未満、妊娠中、幼子がいる場合、強制された場合を非合法とし、官吏を立ち合わせたが、サティーの件数は増大し、社会問題になった。 1818年、ブラフモ・サマージの創設者での先駆者ラーム・モーハン・ローイが『宗教儀礼としての寡婦の火葬に関する議論の妙録』という冊子を出版し、ヴェーダを始めとするヒンドゥー教の法典にサティーの根拠が見られないとし、その廃絶を訴えた〔1811年、ローイのまだ若い義姉がサティーによって死んでいる。〕。また、イギリス人宣教師ウィリアム・ケアリーらがサティー廃止運動の指導的な役割を果たした。〔『キリスト教歴史2000年史』p.572〕ローイらの努力により、1829年にベンガル総督ベンティンクによって、サティー禁止法が制定された。また、1830年にはマドラス、ボンベイにおいても禁止法が制定された。結果、禁止法の普及に伴って20世紀の初めにはサティーはほとんど行われなくなった。が、禁止法が近代法制化された現在においてなお、稀にではあるが慣行として行われ続けている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「サティー (ヒンドゥー教)」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Sati (practice) 」があります。 スポンサード リンク
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