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審祥(しんしょう・しんじょう、生没年不詳)は、奈良時代の華厳宗の僧。出自については不詳。審詳とも書く。 従来は新羅の人と言われていたが、新羅学生と名乗ることについては、近年、「新羅に留学した」という意味に解されている。また、唐に渡って法蔵から華厳を学んだ。 天平年間(729年-749年)に帰国して、奈良大安寺に住した。 740年(天平12年)、良弁が金鐘寺で始めた華厳経の講説では3年間講師をつとめた。 当時、有数の経論の所蔵者であったようで、写経所に対して頻繁に経論を貸し出していたようである。 == 著書 == * 『花厳起信観行法門』 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「審祥」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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