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小原嘉登次 : ミニ英和和英辞書
小原嘉登次[こはら かとじ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はら, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation
: [つぎ]
  1. (n,adj-no) (1) next 2. following 3. subsequent 4. (2) stage 5. station 

小原嘉登次 : ウィキペディア日本語版
小原嘉登次[こはら かとじ]

小原 嘉登次(こはら かとじ、1906年1月28日 - 1999年9月22日)は、日本の実業家、佐賀県議会議員(11期)。佐賀県議会議長。
== 経歴 ==
佐賀県藤津郡吉田村(現嬉野市)の材木商の長男に生まれる。
吉田高小卒業。実業家を目指して大阪に出て、吉田村の焼き物を売り歩くなどして修行を重ね、フィリピンに渡ってマニラ麻の栽培やホテル勤めをするなどして帰国〔観光地・嬉野の基礎築く 故小原氏の通夜、各界から参列者/佐賀 朝日新聞 1999年9月24日〕。1937年に吉田村議に初当選した〔県政に手腕悼む声 「佐賀の発展に尽力」 小原嘉登次氏死去/佐賀 朝日新聞 1999年9月23日〕。
1943年嬉野温泉の旅館を買収し、「和多屋別荘」を興した。宴会客の確保へ大広間整備、客室ごとの風呂場設置、花火大会開催などアイデアを次々と打ち出して旅館業を発展させるとともに、佐賀県経済人としての地位を築く。
1947年、佐賀県議会議員に初当選。1963年5月に佐賀県議会議長になって、佐賀県政界のリーダーとして地域観光の振興、発展に尽力した。1973年から1年間は全国都道府県議会議長会会長を務めた。
1963年から佐賀県議会議長に長年就任し続けてきたが、自民党佐賀県連で若返りを求める意見が出て議長再任が難しくなったことを受け、1989年5月に佐賀県議会議長を辞任〔佐賀の小原嘉登次氏が任期切れで辞表 最長の県議会議長 【西部】 朝日新聞 1989年5月8日夕刊〕。1963年5月から1989年5月までの26年間の佐賀県議会議長在職は、戦後都道府県議会議長では在職最長記録である。
1991年に佐賀県議会議員を引退。
1999年に死去した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「小原嘉登次」の詳細全文を読む




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