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小林 昇(こばやし のぼる、1916年(大正5年)11月1日 - 2010年(平成22年)6月3日)は、日本の経済学者。経済学史専攻。立教大学・福島大学名誉教授。 京都市生まれ。東京帝国大学卒。1940年、福島高等商業学校講師。途中3年間の兵役を挟み、福島大学経済学部の設立などに尽力する。1955年から82年まで立教大学経済学部教授。ドイツ経済学史に新地平を開き、特にフリードリッヒ・リストの研究で名高い。 未來社から『小林昇経済学史著作集』(全11巻、1976-79年)が出版されている。 死後故人についての回想録、服部正治・竹本洋編『回想 小林昇』(日本経済評論社、2011年12月12日刊)が出版されている。 == 経歴 == *1916年 京都に生まれる *1920年 東京に移る *1936年 武蔵高等学校文科卒業 *1939年 東京帝国大学経済学部経済学科卒業、東京海上火災保険会社入社 *1940年 5月、福島高等商業学校(嘱託)講師 *1941年 3月、福島高等商業学校教授 *1944年7月29日 召集令状受領 8月 金沢歩兵第107連隊補充隊第2機関銃中隊大隊砲小隊に入隊〔服部〕 *1944年11月3日 輸送船日永丸で門司港出航 15日米国潜水艦の攻撃を受け、日永丸は沈没、竹筏で漂う *1944年11月16日 海防艦により救助。サイゴンに上陸。 *1945年4月1日 自己申告によりインドシナ派遣軍に転属。4月21日雲南省ラオカイに到着。6月1日、チエンクアンに到着 *1945年8月5日 タムダオ山地に機関銃陣地を構築 *1946年4月27日 ニンビン、チョウガン、テンホン、ハイフォン、浦賀を経て福島着 その後復職〔服部〕 *1949年 6月、福島大学経済学部教授 *1950年 経済学史学会創立に参加。1960年から幹事、ついで代表幹事。(1972年から74年) *1955年 4月、立教大学経済学部教授。8月、経済学博士(東京大学)。論文の題は「フリードリツヒ・リストの研究 」〔博士論文書誌データベースによる〕。 *1961年 4月、立教大学経済学部長(-1963年3月) *1964年 西ドイツに出張 *1972年 日本学士院賞受賞 *1976年 アダム・スミス賞受賞 *1982年 立教大学定年退職、大東文化大学教授。7月、立教大学名誉教授。 *1990年 大東文化大学退職 *1992年 日本学士院会員 *2010年 6月3日肺炎にて死去。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「小林昇」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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