翻訳と辞書
Words near each other
・ 小野寺昭憲
・ 小野寺晃良
・ 小野寺景道
・ 小野寺村
・ 小野寺正
・ 小野寺正明
・ 小野寺歩
・ 小野寺氏
・ 小野寺沙希
・ 小野寺沙羅
小野寺洋
・ 小野寺洋介山
・ 小野寺浩
・ 小野寺浩二
・ 小野寺理
・ 小野寺百合子
・ 小野寺直助
・ 小野寺祐太
・ 小野寺祐子
・ 小野寺祥太


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

小野寺洋 : ミニ英和和英辞書
小野寺洋[おのでら ひろし]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [の]
 【名詞】 1. field 
: [てら]
 【名詞】 1. temple 

小野寺洋 : ウィキペディア日本語版
小野寺洋[おのでら ひろし]

小野寺 洋(おのでら ひろし、1921年鎮魂の碑(野球殿堂博物館) 〕 - 没年不明)は香川県出身のプロ野球選手投手)。
== 来歴・人物 ==
志度商(現・香川県立志度高等学校)を経て、1940年イーグルスに入団。後に南海でプレーした三村正は1年先輩に当たる。翌1941年まで在籍したが、出場したのは1940年6月18日巨人戦(後楽園球場中河美芳長谷川重一の後を継いで3番手で登板。2/3回を投げて1安打5四球2三振、失点3、自責点3で降板)と同年8月7日阪急戦(満州リーグ戦開催中で、新京児玉公園球場で行われた。玉腰忠義の後を継いで2番手で7回から登板。2回を投げて3安打2四球、失点1、自責点1の成績だった)の2試合のみだった。
1941年シーズン終了後、退団。その後応召され、戦死した(没年月日、死没場所は不明)。20代前半の短い生涯だった。
東京ドーム敷地内にある、鎮魂の碑には彼の名が刻まれている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「小野寺洋」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.