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山下俊一 : ミニ英和和英辞書
山下俊一[やました しゅんいち]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [した, もと]
 (adv) under (esp. influence or guidance)
: [じゅん]
 【名詞】 1. excellence 2. genius
: [いち]
  1. (num) one 

山下俊一 : ウィキペディア日本語版
山下俊一[やました しゅんいち]

山下 俊一(やました しゅんいち、1952年 - )は日本医学者。国立大学法人長崎大学理事・副学長兼福島県立医科大学副学長(非常勤)、福島県放射線健康リスク管理アドバイザー、等を務める。
==生い立ち==
1952年長崎県長崎市で生まれる。迫害を受けてきた浦上の隠れキリシタンの子孫で、洗礼名ボナベンツラとして乳児洗礼を受けた〔name="「うらかみ」からの国際協力">「うらかみ」からの国際協力 山下俊一 日本カトリック醫師會々誌 2002 November No.41〕カトリック信者である〔■ カトリック医師会ニュース ■ 2005/1/14 ▼ カトリック新聞 2005年1月15日号から ▼ 〕。同市城山地区で聖アウグスチノ修道会のアメリカ人司祭トマス・パーセル神父らが創立したカトリック城山教会〔教会のあゆみ カトリック城山教会 〕〔訃報バックナンバー2004年 カトリック新聞 〕で育ち、山下本人によれば「私の信仰の種はパーセル神父様やシスター方からのもの」であるという〔この人2005被爆者医療の第一人者 山下俊一教授, 聖母の騎士2005年2月号〕。また、「聖アウグスチノ修道会やサンモール修道会の聖職者からたくさんの愛情を受けて育てられました」とも語っている〔。
両親が長崎市への原子爆弾投下で被爆した被爆二世〔(2011.03.25)、ラジオ福島 〕。母親は16歳の時〔被爆者を支えて 救い求める声、世界から 読売新聞 西部朝刊 39項 2008年8月8日〕に中川町で被爆した〔西日本新聞1992年08月07日朝刊 長崎原爆・草の根の検証<4>医療協力 ■見えない不安 〕。親戚について、本人は「親戚郎党みんな原爆で亡くなりました」と語っている〔山下俊一氏講演(5月3日・二本松市)【後半/質疑】 - YouTube 〕。子供の頃からアルベルト・シュヴァイツァー永井隆を尊敬しており、2012年1月13日に東京都で行われた内閣府野口英世アフリカ賞担当室のインタビューに対し、「生命への畏敬」と「如己愛人」が座右の銘と答えている〔日本一の長寿県を目指して・山下俊一 福島県立医科大学副学長・長崎大学大学院教授〜福島県復興に向けて健康の見守り事業〜 内閣府 〕。永井隆の心を胸に刻んで医学の道に進んだ〔ひと 朝日がん大賞を受ける山下俊一さん(59) 朝日新聞2011年9月1日 2面〕。また、野口英世も尊敬していたので、当初は熱帯医学に憧れていた〔。カトリック系の聖マリア学院小学校・中学校で幼稚園から中学校まで教育を受け、その後は長崎県立長崎北高等学校で学んだ〔2012年2月 - 長崎県立長崎北高等学校同窓会 〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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