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山下 谷次(やました たにじ、1872年3月30日(明治5年2月22日〔衆議院『第四十九回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1924年、29頁。〕) - 1936年(昭和11年)6月5日〔『官報』第2831号、昭和11年6月11日〕)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、教育者。妻は画家の山下(中田)紅畝〔『代議士月旦』p.404〕。 == 経歴 == 香川県仲多度郡十郷村(現在のまんのう町)に山下重五郎の四男として生まれた〔。琴平町の明道黌で学んだ後、京都の尽誠舎を卒業した。さらに東京に出て、英語・漢学・数学を学んだ。1893年(明治26年)より中等教育に従事し、1903年(明治36年)に神田区に東京商工学校(現在の埼玉工業大学)を創設し、校主と校長を兼ねた。 1924年(大正13年)、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、5回の当選を重ねた。その間、犬養内閣で文部参与官を務めた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「山下谷次」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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