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山本 兵吉(1858年(安政4年)(?)- 1950年(昭和25年)7月)は日本の猟師。三毛別羆事件のヒグマを退治するなど、生涯で捕ったヒグマは300頭といわれる。北海道留萌郡鬼鹿村温根(現・小平町鬼鹿田沢)に家を持ち、鬼鹿山など当時の天塩国の山を主な猟場とした。 ==略歴== 北海道出身と言われている。若い頃から山をかけめぐる猟師だったらしく、樺太でヒグマを鯖裂き包丁で刺し殺した事から、「サバサキの兄」と呼ばれた。46歳の時に日露戦争が勃発し兵吉も従軍した。日頃持ち歩いていた当時のロシア製ボルトアクション方式ライフルと、トレードマークの軍帽はこの時の戦利品である。 兵吉が57歳だった1915年(大正4年)12月9日、10日に北海道苫前郡苫前村三毛別六線沢(現・苫前町三渓)で、開拓民7名がヒグマに殺される三毛別羆事件が発生した。兵吉はこの頃、借金のために銃を質にいれており、たまたま猟を思いたち三毛別付近に来たところ事件を耳にした。13日、兵吉は鈴木という隊員とヒグマが無人の家に侵入しているのを目撃したが、射殺するには至らなかった。14日、この日は大規模な山がりが行われた。兵吉は大勢の隊員とは別の道から山に入ると、頂上付近のミズナラの大木で体を休めているヒグマを発見、20メートルほど前進すると銃を発砲、ヒグマの心臓近くに命中した。しかし、ヒグマは立ち上がり兵吉をにらんだため2発目を発射した。その弾は頭を貫通したという。午前10時、7人を殺害したヒグマは兵吉によって命を絶たれた。兵吉の活躍は吉村昭の小説「羆嵐」で山岡銀四郎として大きくとりあげられた。 兵吉は、大の酒好きで呑むと荒れることもあったというが、いつもは優しく面倒見のいい人物だったらしい。1950年(昭和25年)7月、北海道苫前郡初山別村で死去した。享年92歳。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「山本兵吉」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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