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山本凌亭 : ミニ英和和英辞書
山本凌亭[やまもと]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [ほん, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation 
: [りょう]
 【名詞】 1. endure 2. keep out (rain) 3. stave off 4. tide over 5. pull through 6. defy 7. slight 8. surpass 9. excel 10. eclipse

山本凌亭 : ウィキペディア日本語版
山本凌亭[やまもと]
山本 凌亭(やまもと りょうてい、本名は山本 祐善(やまもと ゆうぜん))、1865年10月5日慶応元年10月5日) - 1938年昭和13年)11月11日)は、日本南宗画家。南宗画家の児玉果亭の門人。児玉果亭の門人は数多くあったが最後まで門人として続いた人は山本凌亭一人である〔『山本四代画集~山本凌亭・山本〔ケイ〕田・山本秀麿・山本嘉歳~』〕。児玉果亭は「自分を凌ぐ」と期待し凌亭という号を与えた〔。信濃国高井郡佐野村(現在の長野県下高井郡山ノ内町)出身。信濃国高井郡佐野村角間温泉「群芳草庵」を画室とし児玉果亭の粉本巻物の「歌仙詩意」は山本凌亭の筆である〔。果亭塾に入門翌年の1885年(明治18年)制作の六曲屏風である「飲中八仙図」(山本凌亭筆、春日喜一郎書)は山本凌亭21歳の時の書で児玉果亭書の「飲中八仙図」よりも10年も早く、この絵からも児玉果亭が「自分を凌ぐ」という意味の凌亭という号を与えたのもうなずける名作である〔『横山大観と信州角間芸術村~大観別荘建築に夢をかけた人たち~』〕。
== 経歴 ==

* 1884年(明治17年)南宗画家の児玉果亭の果亭塾に入門〔。
* 1885年(明治18年)六曲屏風「飲中八仙図」(山本凌亭筆、春日喜一郎書)制作〔。
* 1887年(明治20年)10月 南宗画家の児玉果亭に師事し、号を凌亭とする。
* 1901年(明治34年)1月12日 長野県下高井郡穂波村(現・山ノ内町)佐野区長に就任〔。
* 1920年(大正9年)12月2日 長野県下高井郡穂波村(現・山ノ内町)学務委員に就任〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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