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山本 友一(やまもと ともいち、1905年 - 1994年)は、日本の政治家、実業家。愛媛県宇和島市出身。 == 経歴 == 下灘村鼠鳴(現宇和島市津島町鼠鳴)の半農半漁の家庭に五男三女の末子として生まれる。 海運業を営む傍ら、1940年に宇和島市議会議員に当選。以後愛媛県議会議員を2期・衆議院議員を2期務める(自由党)。衆議院議員時代には離島整備振興法の成立や細木運河、船越運河の建設に尽力。郵政大臣だった田中角栄に直訴して、無理と言われた竹ヶ島の電話架設を実現した。 1958年の総選挙ではテレビの選挙速報で当選確実を打たれながらも落選してしまい「バンザイ落選」と言われた。 その後1967年に宇和島市長選挙に出馬し、3期目をめざす中川千代治を破り当選。 再選を目指した1971年に前市長の中川に破れるが、翌1972年の中川の急逝に伴う市長選で返り咲いて、以後3期務める。この間、宇和島市庁舎の建設、宇和島市立病院の財政立て直し、20日雨が降らないと断水と言われた水問題の解消(須賀川ダムの建設、南予用水事業)など功績も多いが、別当地区ゴミ焼却場を巡る住民との裁判では控訴審で実質敗訴。4選を果たした1980年の市長選での選挙違反で自陣営の運動員が多数逮捕された責任をとって翌1981年に辞職。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「山本友一」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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