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岩国藩(いわくにはん)は、周防国大島郡の一部(鳴門村・神代村)及び玖珂郡南部を領地とした藩。藩庁は岩国陣屋(現在の山口県岩国市)〔岩国領の支配拠点は当初岩国城だったが、元和元年(1615年)の一国一城令で破却されて岩国陣屋となった。慶応4年(1868年)まで岩国領は「藩」ではないと長州藩によって主張されていたため、正式な「藩庁」としては岩国陣屋となる。〕。江戸時代を通じて長州藩毛利氏一門の吉川氏が領主だったため、吉川藩(きっかわはん)という通称もある。 長州藩の支藩とみなされるが、長州藩では幕府に岩国領(いわくにりょう)を支藩とする届けを出しておらず、吉川家は毛利家の家臣であり、徳川家の陪臣であるによって諸侯に非ず(大名ではない)と主張していた。その一方で幕府からは6万石の外様大名格として扱われるという、極めて変則的な存在が江戸時代を通じて続いた。正式に岩国藩が認められたのは、大政奉還後の慶応4年(1868年)3月、新政府によってのことである。 本項では、岩国藩とその前身である岩国領について合わせて述べる。 == 沿革 == 毛利元就の次男吉川元春を祖とし、元春の長男吉川元長と続いて、元長没後に元春の次男吉川広家が初代領主となる。石高は当初表高3万石だったが、寛永11年(1634年)、毛利家からの独立を画策して内高である6万石を公称し、幕府からもこれを認められた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「岩国藩」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Iwakuni Domain 」があります。 スポンサード リンク
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