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岩松満純 : ミニ英和和英辞書
岩松満純[いわまつ みつずみ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いわ]
 【名詞】 1. rock 2. crag 
: [まつ]
 【名詞】 1. (1) pine tree 2. (2) highest (of a three-tier ranking system) 
: [じゅん]
  1. (adj-na,n) pure 2. innocent 3. chaste 

岩松満純 : ウィキペディア日本語版
岩松満純[いわまつ みつずみ]

岩松 満純(いわまつ みつずみ)は、室町時代前期の武将上野新田荘国人領主。父は新田義宗で養父は岩松満国と伝わり、妻は上杉氏憲(禅秀)の娘で那須資之千葉兼胤は相婿。子に家純
== 生涯 ==
正平23年/応安元年(1368年)に戦死した新田義宗の落胤といわれ、本人もそのように自称した。『系図纂要』には、義宗と満国の妹との間に生まれたのが満純であるとある。前半生ははっきりとはわかっていない。
兄に満氏がいたが、早くに亡くなったため、満純が岩松氏の後継となった。後に犬懸上杉家出身で関東管領となる上杉禅秀の娘を娶る。応永23年(1416年)の上杉禅秀の乱では舅の上杉禅秀に味方し、鎌倉公方足利持氏追放に功績を挙げた。この際に義宗の落胤として新田姓を自称したという。
しかし、持氏が室町幕府の援助を受けて反攻してくると、新田荘に敗走した。しかし隣の佐貫荘の国人領主舞木持広の追討を受け、武蔵入間川の戦いに敗れて捕縛され、応永24年(1417年)に鎌倉の竜の口で斬首された。
この満純の動きに父の満国は同調せず静観し、満純の死後、孫の持国(満純の弟満春の子)に家督を譲り岩松家を継がせた。廃嫡されたもう1人の孫の家純(満純の遺児)は出家した。
後に、家純は祖父の死後に6代将軍足利義教の後押しにより復権し勢力を持ち、岩松家は家純流(礼部家)と持国流(京兆家)に分裂した。




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「岩松満純」の詳細全文を読む




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