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岩男 潤子(いわお じゅんこ、1970年2月18日 - )は、日本の女性声優、ナレーター、歌手。本名同じ。芸名としては、初期の頃、いわお潤、潤と名乗っていた時期もある。蓮(はちす)所属。 == 経歴 == 1970年2月18日に大分県別府市で生まれる。その後、少女時代に赤い鳥や松任谷由実などに憧れて、歌手を志すようになる。13歳の時に夢を追って大分から単身で東京へ移住する。その時、両親と「10年間で自分の歌を出せなかったら、あきらめて帰ってくる」と約束していた。 芸能事務所に所属しレッスンを受けた後、いわお潤の芸名で女性アイドルグループ『セイントフォー』の妹分としてデビュー。メンバー脱退に伴い正式メンバーとなるも、その後グループは解散。グループ解散直後、石井光三とのデュエットソング『ねぇ、お父さん』ポリドールで初シングルを発売。当時は「潤」として活動。その後は定時制高校に通いながらウェイトレスや事務員・販売員などのアルバイトをしつつ、デモテープとプロフィールをレコード会社に送るなど売り込みを続けていた。 高校卒業後は童謡歌手やミュージカル、NHK教育テレビ『はてな・サイエンス』出演などの活動はあったが、目標であった自分の歌は出せないまま両親と約束の10年の期限が迫っていた。一時は引退も考えたが、関係者から「歌える声優を探しているから応募してみては」と勧められ、最後のチャンスとして受けたオーディションに合格し、1994年テレビアニメ『モンタナ・ジョーンズ』で声優デビュー。そして1995年、シングル『シャッターチャンスの連続』をリリースし念願の歌手ソロデビューを果たす。同年12月23日、初のソロコンサートを東京・TBSホールで開催。 代表曲は『手のひらの宇宙』。他に『スカーレット』、『翼になれ』など。 1995年 *井上喜久子との声優ユニット『おさかなペンギン』として活動した。これは当時のアニメ『らんま1/2』での仮歌を岩男が歌っていた縁であり、ペンギンの由来は「緊張すると手がペンギン」からきている(2006年5月4日のあっとまんぼう祭2006・2010年12月31日のアニソン紅白2010で復活している)。 1997年 *11月にそれまで在籍していた81プロデュースからスターボードへ移籍。 1998年 *2月に作曲家の山本はるきちと結婚(2007年に離婚)。 1999年 *1月8日の中野サンプラザを皮切りに、自身初のコンサートツアーを行った。 *3月25日にNHKホール、年が明けて2000年1月5日・6日には渋谷公会堂、同年9月9日に日比谷野外大音楽堂でコンサートを開催。 2000年 *12月28日の東京厚生年金会館でコンサートツアーファイナルを迎えた。 2001年 *11月に出身地である別府市の「ONSENツーリズム別府特別観光大使」を委嘱された。 2004年 *9月20日に、関西での活動拠点である京都・四条寺町のライブハウス「都雅都雅(とがとが)」での50回目のメモリアルライブを迎えた。 *12月をもってスターボードから独立。長年続いてきたファンクラブ「FC GOO」(グー)を解散した。 2005年 *プライベートオフィス「有限会社J .Island」(ジェイアイランド)を設立(2014年に株式会社に変更)。同年4月下旬より、ファンクラブに変わりサポートクラブ「J.I club」(ジェイアイクラブ)を発足させた。 *12月23日、初のソロコンサートからちょうど10年目の節目の日にクリスマスコンサートを神奈川県立音楽堂で開催した。 2008年 *4月に声に変調をきたすなどの病魔に襲われ、重度の乳様突起炎で緊急手術。一時活動を休止した〔【あの人NOW!】離婚・病気・引退危機乗り越え「歌い、演じることが生き甲斐」岩男潤子さん 〕。 2009年 *2009年からはハワイで開催された国際コントラバスフェスティバルのジャズ部門において最優秀賞を受賞したベーシスト、川村竜をプロデューサー・バンマスに迎え、新たなバックバンドと共に活動を行っている。 2010年 *5月12日よりニコニコ生放送・Ustreamで『岩男潤子のSweet Tweet Time』を配信開始。(ただし終盤はニコニコ生放送のみとなった) 2011年 *10月26日にアニソンカバーアルバム「Anison Acoustics」を発売。フルアルバムとしては3年ぶりの発売。 2012年 *7月5〜8日、フランス・パリで行われたヨーロッパ最大級の日本文化・エンターテインメントイベント「Japan Expo 2012」のライブステージに作曲家・田中公平とともにゲスト出演。 *7月28・29日、台湾台北市・国立台湾大学で行われた同人誌即売会「FancyFrontier 20」のステージに田中公平とゲスト出演。両日とも夜はフルバンドでライブが行われた。 2013年 *1月23日に前作に続くアニソンカバーアルバム「Anison A to Z」を発売。 *3月17日、「Anison A to Z」発売記念ライブを原宿クエストホールで開催。久々の300人規模の単独コンサートで本人いわく「15年ぶりに見た人もいた」。 *6月1日、横浜アリーナで開催された「テイルズ オブ フェスティバル 2013」に、ゲーム『テイルズ オブ ファンタジア』のキャラクターであるミント・アドネードのコスプレで出演(この時の衣装はファンからプレゼントされた特製衣装)。 *7月7日、自身が演じたテレビアニメ『カードキャプターさくら』の大道寺知世のキャラクターソングを自らカバーしたミニアルバム「やさしさの種子」を発売。 *8月12日、コミックマーケット84にサークル名『岩男潤子』で個人では初のサークル参加、「岩男潤子 夏コミCD 2013」を発表(以降も毎回同サークル名で参加し、「岩男潤子 夏(冬)コミCD 201○」のCDを発売している)。 *9月8日、ミニアルバム「やさしさの種子」発売記念ライブを京都の元・立誠小学校講堂で開催。また同日、「京都国際マンガ・アニメフェア2013」(通称:京まふ)の関連イベントとして行われた「劇場版 カードキャプターさくら」上映会に木之本桜役の丹下桜、李小狼役のくまいもとこと共にトークゲストとして出演。 *12月8日、熊本市で行われたマンガ・アニメ、ポップカルチャーの祭典「くまフェス2013」にゲスト出演。 2014年 *2月15・16日、台湾台北市・国立台湾大学で行われた同人誌即売会「FancyFrontier 23」のステージイベントにゲスト出演。15日夜にはフルバンドでのライブも行われた。 *4月26日、声優デビュー20周年ライブ「岩男潤子 〜20th Anniversary〜heal for people」をモーションブルーヨコハマで開催。 *6月27日、初のフォトエッセイ「voice-声のツバサ-」を発売。7月23日には同タイトルのアルバム「voice」を発売(ミニアルバム・ライブアルバムなどを除くとオリジナルアルバムとしては1/f以来12年ぶり)。 *7月13日に東京メインダイニングで「voice」発売記念ライブが行われた。 *12月27日に予定されていたライブ以降、持病の気管支炎悪化により再度活動を休止〔 声優の岩男潤子が活動休止…気管支炎が悪化、会話もままならず 〕(コミックマーケット87・88はプロデューサーの川村が代わりに販売した)。 2015年 *NHK総合『みんなのうた』2月-3月度オンエア楽曲として「ピヨの恩返し」が放映された(同年8月再放送)。NHKの音楽配信サイト『NHK SOUND』で先行配信。CDシングルは同年4月25日発売(当初voiceに収録予定だったため、収録は活動休止前に済んでいた)。 *7月1日より株式会社蓮(はちす)に移籍。同時に再度ファンクラブに戻し、ファンクラブ名「はちす」が発足(ただし報告のみで2016年3月現在も会員募集は行われていない)。さらにTwitterの公式アカウントIDが19日より変更されている〔公式Twitterより 〕。 *2015年7月期のアニメ『WORKING!!』(第3期)より声優活動復帰。 *9月23日「谷山浩子・猫森集会2015」で歌手活動復帰。 2016年 *1月26日より『岩男潤子のSweet Tweet Time』の後継番組としてニコニコ生放送で『岩男潤子のがんなま!』を配信開始。 *3月26日、1年半ぶりの単独コンサート「Departure」を羽田空港内・TIAT SKY HALLで開催。チケットは完売となった。 *4月3日より KBS京都ラジオにて『岩男潤子のハッピーフライト』が放送開始。ラジオレギュラー番組は9年ぶり。 *8月13日、銀座・ヤマハホールにてコンサートを開催することがDepartureコンサートで発表された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「岩男潤子」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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