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崇教真光(すうきょうまひかり)は、岐阜県高山市に本部を置く新宗教。教祖、初代総裁・教え主は岡田光玉(本名・岡田良一)。二代岡田恵珠をへて、現在は三代岡田光央(本名・手島泰六)が教え主。 == 沿革 == 1901年(明治34年)、岡田光玉(本名・岡田良一)は、元陸軍少将の長男として東京・青山に生まれた。戦後になって「世界救世教」に入信した光玉は、この教団の浄霊法である「手かざし」で病人の治療をし、布教師となった〔世界救世教の刊行物「岡田茂吉全集」著述篇第五巻付録8頁19行〜9頁7行に、同氏が教団の布教師であったことが明記されている。〕。しかし、昭和30年、世界救世教の教祖・岡田茂吉の死去にともなう教団の内紛に際し、独立を考えるようになったという。 1959年(昭和34年)2月27日初代教祖(総裁)岡田光玉は「天地創造神より立教に関する神示が下った」と主張し、同年8月に「L・H陽光子友乃会」を発会。 1963年(昭和38年)11月19日、「L・H陽光子友乃会」は「宗教法人 世界真光文明教団」として法人登記。その後、海外を含め急速に教線は拡大した。 1974年(昭和49年)6月23日に岡田光玉が死去。その葬儀の席上、『二代教え主は関口さんにお願いしなさい』との光玉の遺言に従い、関口榮が二代教え主に就任したことが発表され、その旨が真光誌に記載された〔『真光』誌昭和49年9月号 巻頭カラーページ「聖凰師みたまおくりの祭り 人類の師よ永遠に」には『「二代様は関口さんにお願いしなさい」という、救い主様のご遺言により、ご神命を受けて立たれた関口二代様は、参集の神組み手に決意を表明された。』と書かれている。〕。 しかし岡田恵珠は「死去の10日前、光玉からの教え主継承の儀は終えている」と反論し、7月に代表役員の登記を済ませてしまった。 これに対し関口榮は、代表役員の地位を明らかにするために提訴し、昭和52年には「関口榮が代表役員である」という最高裁判決を得て、正式に教団の2代教え主に就任した。これによって岡田恵珠は文明教団から分派独立した。 1978年(昭和53年)に崇教真光を設立。 2009年からは、岡田恵珠の弟子であり、その後養子となった岡田光央が三代教え主(現・総裁)として教団を先導している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「崇教真光」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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