翻訳と辞書
Words near each other
・ 川田修平
・ 川田健
・ 川田八幡宮
・ 川田利明
・ 川田利美
・ 川田剛
・ 川田剛 (税理士)
・ 川田博美
・ 川田司
・ 川田和宏
川田喜久治
・ 川田城
・ 川田太三
・ 川田太鼓工房
・ 川田妙子
・ 川田孝好
・ 川田孝子
・ 川田宏行
・ 川田将雅
・ 川田小一郎


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

川田喜久治 : ミニ英和和英辞書
川田喜久治[かわだ きくじ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [た]
 【名詞】 1. rice field 

川田喜久治 : ウィキペディア日本語版
川田喜久治[かわだ きくじ]

川田 喜久治(かわだ きくじ、1933年1月1日 - )は、日本の写真家茨城県土浦市出身、1955年立教大学経済学部卒業。特徴として、黒を基調とした力強い表現が多く見られる。

== 略歴 ==

*1933年 - 1月1日、茨城県土浦市で冷凍事業会社を経営する家庭に生まれる。姉1人、兄1人の3人兄弟。
*1949年 - 茨城県立土浦第一高等学校に入学。
*1950年 - 池袋にある立教高等学校に編入。毎朝、「マタイ受難曲」など賛美歌を歌う学生生活を送る。
*1952年 - 高校卒業時に伊豆長岡温泉で遊び、芸者をモデルに撮影した作品を土門拳木村伊兵衛が審査員を務める『カメラ』に応募する(特選を獲得)。立教大学経済学部経済学科に入学し、写真部に在籍。写真部の共同制作として「池袋」のドキュメントを撮影。
*1955年 - 卒業後、新潮社に入社。
*1956年 - 2月19日号創刊『週刊新潮』のグラビアなどの撮影を担当。
*1957年 - 第1回『10人の眼』展(写真評論家福島辰夫による企画)に参加。日本写真家協会会員となる。
*1959年 - 2月、新潮社を退社し、フリーとなる。初の個展「海」を開催、第五福竜丸を取材した作品を展示する。
*1959年 - 7月、佐藤明、丹野章東松照明奈良原一高細江英公とともにセルフ・エイジェンシーであるVIVOを結成(1961年まで)。
*1960年 - 『カメラ毎日』2月号に、「三島由紀夫の館」を発表。
*1965年 - 写真集『地図』を刊行する。序文を大江健三郎、ブックデザインを杉浦康平が担当する。
*1971年 - 写真集『聖なる世界』を刊行する。澁澤龍彦によるエッセイ「バロック抄」を収録。
*1973年 - 『カメラ毎日』6月号にダイアン・アーバスについてのエッセイを発表。
*1987年 - 9月、沖縄県読谷村で、20世紀日本最後の金環食を撮影。
*1988年 - 小笠原諸島父島で、20世紀日本最後の皆既日蝕を洋上から撮影。
*1989年 - 昭和最後の太陽を撮影。
*1996年 - 「ラスト・コスモロジー」で第46回日本写真協会賞の年度賞、第12回東川賞の国内作家賞を受賞。
*2004年 - 芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「川田喜久治」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.