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市川オークラ劇場(いちかわオークラげきじょう)は、かつて千葉県市川市に存在し、同市内最古であった〔市川市・第3巻, p.76.〕〔千葉県, p.418.〕映画館である〔便覧, p.62.〕〔便覧, p.25.〕〔名簿, p.44.〕。1923年(大正12年)、千葉県東葛飾郡市川町大字三本松(現在の市川市市川1丁目)に三松館(さんしょうかん)として開館、市川東宝三松館(いちかわとうほうさんしょうかん)の名称を経て、第二次世界大戦後は日活と直営館契約をし、1952年(昭和27年)には市川日活館(いちかわにっかつかん)と改称、1954年(昭和29年)の大蔵興行所(大蔵貢)への売却後も同名称を続けた〔年鑑, p.467.〕〔総覧, p.656.〕〔総覧, p.255.〕〔総覧, p.561.〕〔昭和7年の映画館 千葉縣 23館 、中原行夫の部屋(原典『キネマ旬報』1932年1月1日号)、2013年9月11日閲覧。〕〔年鑑, p.10-43.〕〔年鑑, p.459.〕〔年鑑, p.111.〕〔年鑑, p.339.〕〔総覧, p.21.〕〔キネマ旬報, p.72.〕〔年鑑, p.119.〕〔。1970年(昭和45年)前後に改称した。 市川日活館の時代に永井荷風、島尾敏雄らが来館し輸入映画を観たことがある〔永井, p.401.〕〔島尾, p.75.〕。が、現存しない。 == 沿革 == * 1923年 - 三松館として開館〔〔 * 1940年前後 - 市川東宝三松館と改称〔〔 * 1950年 - 日活三松館と改称〔〔 * 1952年 - 市川日活館と改称〔 * 1954年 - 日活が大蔵興行所に同館を売却〔 * 1970年前後 - 市川オークラ劇場と改称〔 * 1985年 - 閉館〔〔名簿, p.64.〕 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「市川オークラ劇場」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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