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布施 辰治(ふせ たつじ、1880年(明治13年)11月13日 - 1953年(昭和28年)9月13日)は、宮城県出身の弁護士・社会運動家である。日本人として唯一の大韓民国建国勲章受章者として知られる。 == 前歴 == 宮城県牡鹿郡蛇田村(現在の石巻市の一部)の農家に生まれる。少年時代には墨子の兼愛思想に触れ〔『弁護士布施辰治』 16 頁〕、長じては正教会の洗礼を受け〔『弁護士布施辰治』 18頁〕神田ニコライ堂付属の神学校へ入学するなど、若くから平和主義に親しんだが、神学校自体は3か月で退学し、以降は社会運動への参画においてはキリスト教系のトルストイ運動に共感し生涯これを範とし続けたものの、宗教上の立場は結婚を機に妻の信仰である日蓮正宗に改宗した〔『弁護士布施辰治』 38頁〕〔『大日蓮』764号 50-58頁〕。 初めは東京専門学校(現在の早稲田大学)に入り〔『布施辰治(明治篇)』 34頁〕、次いで明治法律学校(現在の明治大学)に移って1902年にそこを卒業し、22歳で判事検事登用試験に合格、司法官試補となった。その後宇都宮地裁で検事代理として働いたが、ある心中未遂事件の犯人を起訴するに忍びないとして、任官から1年と経たずして司法官試補の職を辞した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「布施辰治」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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