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江戸幕府(えどばくふ)は、1603年に征夷大将軍に任官した徳川家康が創設した武家政権である。終末期は、一般的には大政奉還した1867年までとされる(他に諸説あり、後述)。江戸(現:東京)に本拠を置いたのでこう呼ばれる。徳川幕府(とくがわばくふ)ともいう。安土桃山時代とともに後期封建社会にあたる。 == 概要 == 徳川家の当主が正二位内大臣兼右大将に叙任され、征夷大将軍に任じられて、260余りの武家大名と主従関係を結び、彼らを統率するという制度は、1600年代後半までに確立された。その将軍の政府を「幕府」、臣従している大名家を「藩」、さらに両者が複合した権力の体制を「幕藩体制」と一般に呼んでいる。ただし、「幕府」及び「藩」の語は幕末期に広く使用され、現在も歴史用語として定着しているものの、江戸時代を通じて使用されていた訳ではない。それまでは、将軍の政府は「公儀」「公辺」などと漠然と呼ばれていた〔青山忠正「幕末政治と社会変動」 『講座明治維新2 幕末政治と社会変動』(有志舎)2011年、pp.3-5。〕。 幕府の始期及び終期については諸説あるが、征夷大将軍の任官時期に着目する場合には、家康がはじめて将軍職に任じられた1603年3月24日(慶長8年2月12日)から、いわゆる王政復古の大号令によって15代将軍徳川慶喜の将軍職辞任が勅許され、併せて幕府の廃止が宣言された1868年1月3日(慶応3年12月9日)までとなる。終期には他にも1867年11月9日(慶応3年10月14日)に15代将軍徳川慶喜が大政奉還を行った時、1868年5月3日(慶応4年/明治元年4月11日)の江戸開城とする説もある。 徳川将軍が実質的に日本を支配した、この260年あまりの期間を一般に「江戸時代」と呼ぶ。江戸幕府は、日本の歴史上、鎌倉幕府及び室町幕府に続く、最後の武家政権である。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「江戸幕府」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Tokugawa shogunate 」があります。 スポンサード リンク
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