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廣川 裕司(ひろかわ ゆうじ、1959年 - )は神奈川県横須賀市出身、IT企業社長。 == 略歴 == 1977年、神奈川県立横須賀高等学校を卒業。高校の同級生にはアニメーターの宮崎なぎさがいる。 1981年に慶應義塾大学工学部卒業後、日立製作所に入社した。 1989年の日立データシステムズコーポレーションの設立に関わり、1992年より1998年まで同社(米国サンタクララ市)に出向、同社企画部門役員、グローバルセールス副社長を歴任。 その後、2003年6月に日立製作所を退社。当時の上司は現日立製作所会長兼CEO 中西宏明 と 副社長 岩田真二郎。 2003年7月から2006年8月までサン・マイクロシステムズの執行役員としてデータセンタソリューション本部、テクノロジーパートナ営業本部、産業統括営業本部などを統括。 2006年8月、日本BEAシステムズに専務執行役・営業部門統括本部長として入社。同年11月に同社代表取締役に就任すると、サービス指向アーキテクチャ(SOA)の実装能力を強化するため、パートナー戦略の見直しを打ち出した。 2008年2月、レッドハット株式会社の代表取締役社長に就任。 同年2月28日にはJBoss Enterprise SOA Platformソリューションを発表し業界で最初のオープンソースSOAソリューションを日本市場にも投入、小さく始められる SOA導入を目論んだ画期的価格とオープン性で日本SOA・BPM市場の革命、普及を推進している。 2008年9月25日、レッドハット株式会社は向こう5ヶ年のビジョン・事業戦略を 公表し、日本市場においてのオープンソースソフトソリューションの大きな 広がりを梃に、事業規模拡大を狙うと宣言 2012年には目標であった2倍以上の売上増を達成。 2009年5月に日本で発足させたユーザ会は、NTT社、大和証券社、パナソニック社、大阪ガス/OGIS総研の幹部を役員に迎えレッドハットのLINUX・JBossミドルウェア・仮想化・クラウド・ビッグデータなどのOSSソリューションの普及の原動力になつつある。 2009年11月、2年ぶりにレッドハット日本の10周年を祝うために来日した本社CEO Jim Whitehurstとともに記者会見を持ち、2009年の事業見通しと新らたに市場投入したKVMベースの仮想化製品RHEVとクラウドコンピューティングへの取組みについて記者会見し本格的クラウド市場への参入を宣誓。 2010年11月、レッドハットは3年ぶりに新製品LINUX RHEL6を市場投入。NTTコミュニケーション始めKVM仮想化機構をベースにクラウドソリューションの提供も大きく進んでいる。2011年1月には富士通とのクラウドサービスの提携を発表してRed Hatのクラウド事業は急拡大。2011年3月東日本震災を鑑み同月レッドハットの新年度方針を発表、その第一に「震災復興にオープンソースで貢献する」を掲げ、平常時よりもう一つ追加で公私共々、震災復興に貢献する「プラスONE」運動を開始した。 2012年4月、レッドハットはFY2012年度(2012年2月末)で売上高$1BILLION(10億ドル)を越した決算を発表し、過去最高の株価を記録した。日本のレッドハットも好調な事業成長を維持。 新年度2013年度も大幅な売上拡大を狙い、BEYOND LINUX事業である、仮想化、 JBossミドルウェア、クラウド、ストレージ事業の倍増戦略とソリューション営業の増強を発表した。 2012年7月、日経BP主催のIT EXECUTIVE FORUM 「2012 IT JAPAN 成長への挑戦」で講演。 クラウド・ビッグデータの時代 「急成長するOSSの勢いとレッドハット価値」を活用し 日本経済の更なる成長に貢献することと日本のソフトウェアの遅れへの挽回を呼びかけた。 2014年7月、3年連続の3度目の講演となる 日経BP社主催IT JAPAN 「上昇気流に乗る2020年への羅針盤」 では 世界で勝つ経営の為の経営者・グローバル人材育成と「オープンソースイノベーション」で 世界最高レベルのITやクラウドシステム構築・ビッグデータの活用を日本中に訴えた 愛読書は「ピーター・ドラッカー」、尊敬する人物は坂本龍馬。趣味はゴルフ、テニス、旅行。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「廣川裕司」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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