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加藤 吉治郎(かとう きちじろう、1947年1月〔オフィスきちじろう会社概要・代表者加藤吉治郎プロフィール(燃えよドラゴンズ!公式ホームページ内) ※インターネットアーカイブ2005年6月11日付保存キャッシュ〕 - )は、日本のラジオ番組・テレビ番組制作ディレクター、作曲家、音楽プロデューサー、著作家、メディアコーディネーター、実業家。滋賀県出身。 「吉」の正確な表記は「」(「土」の下に「口」、つちよし)である〔Unicodeでは U+20BB7、「」。〕。 == 来歴・人物 == 中部日本放送 (CBC) でラジオ番組のディレクターなどとして活動。1974年、自身がディレクターを担当していた番組『ばつぐんジョッキー』の企画より、地元名古屋市を本拠地とするプロ野球球団・中日ドラゴンズの応援歌『燃えよドラゴンズ!』(作詞・作曲:山本正之。以下、燃えドラ)を同番組パーソナリティ・板東英二の歌唱によりリリースさせ、ヒットさせる。1980年代には、テレビの『ぱろぱろエブリデイ』のチーフディレクターを務め、それまでアニメの再放送などの横並び状態であった夕方の時間帯を開拓。また、同番組からなめ猫ブームも巻き起こした。 CBC退職後、メディアコーディネーターの肩書で活動している。CBCを離れてすぐに制作会社・WINを設立し率いた後、1996年7月3日に、オフィスきちじろうを設立〔。代表を務める。同社では、テレビ番組の構成や燃えドラの著作権管理を行うほか、2004年以降「燃えドラプロジェクト オフィスきちじろう」名義で燃えドラの新作CDの発売を手掛けている(燃えドラ新作のプロデュースも加藤が行っている)。また、山本の事務所山本正之なごやオフィス社長〔参考:山本正之のズンバラ随筆 第15話 CSTVの繁忙 (ベラ・ボーエンタテインメント公式ホームページ内に掲載された山本のウェブ日記)より、「キッチャンにいちゃん」の名前とともに加藤について書かれている。〕や放送批評懇談会会員も務める。 『ばつぐんジョッキー』パーソナリティの一人であった上岡龍太郎とは、CBC時代の1973年にラジオディレクターとして出会って〔著書プロフィールより。ただし、『引退 嫌われ者の美学』のあとがきでは、「一九七四年」(1974年)となっている。〕から親交が深く、テレビ番組の構成や独演会の舞台演出を行っている。1995年には上岡に弟子入りし、「弟子 吉治郎」(でし きちじろう)を名乗り、上岡との共著書を発行するなど活動している。 「弟子吉治郎」名義は、上岡との共著以外でも使用されている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「加藤吉治郎」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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