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御園 京平(みその きょうへい、1919年 - 2000年1月〔 活辯時代 みそのコレクション 、国立国会図書館、2010年2月16日閲覧。〕〔NFCカレンダー2002年3月号 、東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年2月16日閲覧。〕)は、日本のコレクター、映画史家である。3,000点の映画ポスターに代表される総計6万点にもおよぶ「みそのコレクション」で知られる。本名月村 吉治(つきむら よしはる)。 == 人物・来歴 == 1919年(大正8年)に生まれる。 幼少よりサイレント映画に親しみ、1930年代までの日本のサイレント映画の時代に映画館で上映される映画を上映と平行して解説し、人気を集めた活動辯士(映画説明者)たちに強い憧れをもつ〔『活辯時代』、p.169.〕。旧制小学校の3年次にあたる1928年(昭和3年)ころには「オールトーキー」の存在を知り、将来の職としては断念するに至る〔。 1945年(昭和20年)、第二次世界大戦終結後、芸能マネジメントの職に就く。その傍ら、かつての人気映画説明者であった牧野周一、西村小楽天らと親交を結ぶ〔。 1966年(昭和41年)6月1日、映画の日本上陸70周年を記念し、限定100部の私家版として、『あゝ活動大写真 説明者年代記』を執筆・編纂・出版を行う〔。同書は、長年の映画、とくに活動写真と呼ばれたサイレント映画に関するポスター、映画館が発行したプログラム(パンフレット)、チラシ、広告のグラヴィアページを持つとともに、サイレント映画の「説明者」(弁士)の誕生と消滅の歴史を綴ったものであった〔。 1971年(昭和46年)、元マキノ・プロダクション宣伝部長でジャーナリストの都村健の企画により、『回想・マキノ映画』を編纂、京都在住の映画記者・滝沢一による『牧野省三評伝その人と業蹟』の紀行を得て、御園も「マキノ映画全作品総目録」を作成し〔回想・マキノ映画 、国立国会図書館、2010年2月16日閲覧。〕、「マキノ映画」の全貌を明らかにした。 1985年(昭和60年)、長年のコレクションを集大成した大著『映画資料 みそのコレクション』を私家版で発行、東京国立近代美術館フィルムセンターがこれを販売した〔フィルムセンターが販売する出版物一覧 、東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年2月16日閲覧。〕。 1990年(平成2年)、『あゝ活動大写真 説明者年代記』(1966年)を再構成、加筆し、『活辯時代』と改題し、岩波書店から上梓する〔。 1995年(平成7年)、フィルムセンターが新館オープンするに際して、「みそのコレクション」のうちポスターを約3,000点寄贈した〔独立行政法人国立美術館 平成13年度実績報告書 、東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年2月16日閲覧。〕。これを受けて同センターは、同年10月、『映画生誕百周年記念 ポスターでみる日本映画史 -みそのコレクションより-』を開催した〔映画資料の展示 、東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年2月16日閲覧。〕。 2000年(平成12年)1月に死去した〔。享年82(満80-81歳没)。従来の寄贈に加えて新たにコレクションを東京国立近代美術館フィルムセンターに寄贈し、同年3月、同センターは『資料でみる日本映画史 -みそのコレクション-』を開催し、その全貌を公開した〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「御園京平」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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