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串本応挙芦雪館(くしもとおうきょろせつかん)は和歌山県東牟婁郡串本町にある美術館。 == 概要 == 本土最南端の地、串本町の臨済宗東福寺派別格寺院 無量寺(芦雪寺)の境内に建つ美術館で、設置の主たる目的は無量寺寺宝の保存と公開であるが、現代美術作品や郷土資料、考古学資料の収集・展示も行っている。寺の正門脇に、平屋建てで高床式の鉄筋コンクリートの美術館(展示室5室、建築面積363平方m)と、収蔵庫の二つの建物がある。 障壁画をはじめとする寺宝を残すため、1961年(昭和36年)に「日本で一番小さい美術館」として無量寺境内に開館した。 館内には円山応挙、長沢芦雪をはじめ、伊藤若冲、狩野山雪、狩野探幽、白隠らの名品50点余りが展示されている。中でも円山応挙筆の『波上群仙図』、長沢芦雪の『龍虎図』を含む55面の障壁画(国の重要文化財)は海外からも高い評価を受けている。 無量寺は1707年に発生した南海トラフ巨大地震である宝永地震による大津波で全壊・流失したが、80年後の天明6年(1786年)に愚海和尚によって再建された〔 中村重久(1987): 和歌山沿岸の最大津波湖上高について, 日仏海洋学会誌 うみ(La mer),25-3-7, 147-150.〕。和尚が京都にいた頃の友人であった応挙は、これを祝って障壁画12面を描いたが、年齢のためもあり弟子の芦雪に障壁画を託して京から南紀に向かわせた。串本に着いた芦雪は、滞在中に自らも無量寺本堂のために『龍虎図』などを描いている。 美術館の展示室には、寺の本堂にあったときと同じ配置になるように『龍虎図』が置かれていたが、現在はレプリカが置かれている。障壁画の実物は、新しい収蔵庫内に配置・展示されており、観客が来たときのみ収蔵庫を開け電気をつけて鑑賞できるようになっている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「串本応挙芦雪館」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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