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恵利原早餅つき(えりはらはやもちつき)は、三重県志摩市磯部町恵利原に伝わる、高速で餅をつく伝統芸能。1994年(平成6年)の世界祝祭博覧会(まつり博・三重’94)を契機に結成された「恵利原早餅つき保存会」が保存・継承を行う。 1つの杵を2人で取り、囃子歌(地つき唄)に乗せて餅をつく日本全国で見ても珍しい餅つき方法である〔「観光の子どもら 仲良くぺったん おかげ横丁で早餅つき」朝日新聞2011年1月10日付朝刊、三重版21ページ〕。餅つき300回分に相当するもち米約1tを2日でついたという記録を持ち、2013年(平成25年)には1秒間に2.5回つくという新記録を樹立するなど、さらなる高速化が進んでいる。 == 起源 == 磯部町恵利原は三方を山に囲まれた地形をしており、南東部の平地に集落が形成されている〔「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編(1983):1419ページ〕。江戸時代の恵利原村は、鳥羽藩磯部組の中で立神村に次いで石高の大きな村であり〔磯部郷土史刊行会 編(1963):216ページ〕、伊勢神宮皇大神宮(内宮)の鎮座する伊勢国宇治へ至る磯部街道に沿って4つの茶屋が建ち並んでいた〔平凡社(1983):710ページ〕。おおむね旧志摩郡磯部村に相当する磯部九郷では最大の村であり〔、内宮別宮の伊雑宮で行われる伊雑宮御田植祭を4年に1度担当していた〔伊藤 編(1976):22ページ〕。伊雑宮御田植祭では「竹取神事」と呼ばれる、男達が田で泥だらけになりながら忌竹(いみだけ)を奪い合う神事が行われ、その竹を持ち帰り漁業繁盛の守り神とする風習がある〔磯部郷土史刊行会 編(1963):92ページ〕。恵利原早餅つきは、伊雑宮御田植祭との関係で生まれたとされている〔〔。 天保年間(1830年 - 1844年)に生まれたとされる恵利原早餅つきの起源は諸説ある〔。 #伊雑宮御田植祭の際に縁起の良い笹で餅をくるんで提供したところ、好評だったため、数をこなすために高速で餅をつき始めた〔。 #伊雑宮御田植祭の際に竹の形をした餅を提供したところ、好評だったため、数をこなすために高速で餅をつき始めた。 #農漁業の繁忙期に、短時間で多くの餅をつく方法として考案された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「恵利原早餅つき」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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