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慕容 部(ぼよう ぶ、拼音:Mùróng bù)は、4世紀前半より5世紀中期にかけて、中国の東北方、遼東・遼西地方より、華北地方にかけての地域で勢力を有した鮮卑系の部族である。五胡十六国時代には前燕、後燕、西燕、南燕の各王朝を建国した。慕容氏とも呼ばれる。 == 名称 == 「慕容」という部族・氏族名の起源に関しては、幾つかの説がある。 *モンゴル語で「富み」を意味する‘bayan’の音訳説 *その原住地であった大凌河の旧名、白狼水より出たとする説 *その族人がよく利用した歩揺冠がなまったとする説 *『晋書』「載記」に見える「二儀の徳を慕い、三光の容を継ぐ」をとったとする説 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「慕容部」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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