|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 我 : [われ, が] 【名詞】 1. me 2. oneself 3. self 4. ego ・ 姑 : [しゅうとめ] 【名詞】 1. mother-in-law
我闘姑娘(がとうくうにゃん)は、日本の女子プロレス団体。 == 概要 == 2002年3月にFMWの倒産によりフリーとなっていたさくらえみ(元川恵美)が中心となって設立。代表にはI.W.A.JAPAN時代よりさくらと知己であった池須豊が就任。当初は所属がさくらのみでそのうえ負傷により長期欠場中だったため、埼玉県坂戸市で女子プロレス教室「さくらえび」を運営する組織として活動し、復帰後に我闘姑娘所属(フリー扱い)としてWMFや全日本女子プロレス、NEO女子プロレスなどに参戦。そして2003年以降、これらの団体の興行にてさくらえびから新人が次々とデビューする。 2004年10月31日に新木場1stRINGで旗揚げされ本格的に団体活動を開始。他の既存団体からの分裂ではなく、さくらえみ以外の選手は我闘姑娘で育成された選手が所属しているのが特徴。また、レフェリーなどのスタッフも全て団体で育成している。萌え系の美形選手や小中学生がリングで闘う興行スタイルから癒し系プロレスとも言われるエンターテイメントプロレス。先に倒産、解散した全日本女子プロレス、ジャパン女子プロレスの流れをくまないという異色の団体であった。 2006年4月22日に起きた市井舞のサイン会ドタキャン騒動以降、上層部と選手との関係が悪化し、団体の代表選手だったさくらえみのアイスリボン移籍(独立)を期に、所属選手の退団・引退が相次いだ。その結果、2007年1月27日の新木場1stRING大会を最後に活動休止状態となり、唯一の所属選手だった春日萌花もプロレスを休業していたが、2008年3月12日にプロレスリングWAVEの専属選手として移籍。池須代表も大日本プロレスにレフェリーとして入社したため団体は自然消滅した格好となった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「我闘姑娘」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|