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戸崎圭太 : ミニ英和和英辞書
戸崎圭太[とさき けいた]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [と]
 【名詞】 1. door (Japanese-style) 
: [みさき]
 (n) cape (on coast)

戸崎圭太 : ウィキペディア日本語版
戸崎圭太[とさき けいた]

戸崎 圭太(とさき けいた、1980年7月8日 - )は、日本中央競馬会(JRA)所属の騎手。JRAの規則に伴い、姓は「戸崎」表記ではあるが、戸籍上の正式な表記は「戸﨑 圭太」である〔JRA騎手免許試験合格時のプロフィールより(PDF)。http://www.jra.go.jp/news/201302/pdf/020703_06.pdf〕。
趣味はスポーツをすることで、好きなスポーツはゴルフ
勝負服は青地に胴赤散らし。青は大井の先輩である内田博幸の勝負服が、胴赤星散らしは同様に的場文男の勝負服の星(★)が由来となっている。〔競馬最強の法則2010年9月号 ターザン炎上!競馬デスマッチ 戸崎圭太騎手〕
== 来歴 ==
壬生中学時代は野球部に所属していた。今でも野球が特技である。
騎手志望当時、戸崎は中央競馬の存在を知らず、栃木県那須塩原市にあった地方競馬教養センターを受験。1998年、地方競馬教養センター騎手課程を卒業し騎手免許を取得する〔同期デビューの騎手には森泰斗(現船橋)らがいる。〕。大井競馬場香取和孝厩舎に所属して同年4月12日の大井競馬第3競走をミヤサンヤシマで勝利し、初騎乗初勝利を挙げる。
2005年6月26日福島競馬場で行われた3歳未勝利戦で、13番人気だったスプリングラゴスに騎乗し中央競馬初騎乗、10着となる。同年9月14日大井競馬第10競走トゥインクルレディー賞を8番人気のコウエイソフィアで勝利し、重賞初制覇。
2007年、初のJRA重賞となったマーチステークスでは、11番人気だったシーチャリオットに騎乗し14着。7月8日阪神競馬場で行われた3歳以上500万円以下のレースをヤマカツティガーで制し中央初勝利を挙げる。12月13日に地方通算600勝を達成した。
2007年には全国リーディング3位の活躍を見せた。これは南関東内では内田博幸に次ぐリーディング2位であり、的場文男を上回る勝ち鞍を挙げる活躍ぶりであった。
2008年のダイオライト記念フリオーソに騎乗して、ダートグレード競走初勝利。同年の東京ダービーでは前年のアンパサンドに続き、ドリームスカイ(10番人気)で勝利し東京ダービー連覇を果たした。さらに6月25日の中央との交流重賞帝王賞(JpnI)をフリオーソで逃げ切り、統一GI(Jpn1)初勝利をあげた。9月17日大井競馬第6競走において落馬、全治1ヶ月の鎖骨骨折を負い、同日第11競走トゥインクルレディー賞でトーセンジョウオーに騎乗できなかった。このようなアクシデントはあったが、ネフェルメモリー12月31日東京2歳優駿牝馬で勝利に導いている。この年は306勝を挙げて初の全国リーディングを獲得しNARグランプリ2008最優秀騎手に選出された。
2009年は船橋記念をスパロービートで勝利し、3月11日ダイオライト記念および3月20日桜花賞をいずれも前年に続き連覇。3月25日には京浜盃を制して、地方競馬通算1000勝を達成した〔。この年は前年を上回る387勝を挙げ、2年連続で全国リーディングジョッキーとなり、NARグランプリ最優秀勝利回数騎手及び同最優秀賞金収得騎手賞を受賞した。また、中央競馬では前年まで通算5勝の成績から一転して年間20勝を挙げ、安田記念ではコンゴウリキシオーに、天皇賞・秋ではエイシンデピュティに騎乗し中央競馬のGIにも参戦を果たした。クイーンカップでは大井所属のエイブルインレースで、勝ち馬のディアジーナから0.1秒差の3着に食い込む活躍をした。
2010年は中央への参戦も積極的に行っている。中央競馬の日本ダービートゥザグローリーに騎乗。東京ダービーをマカニビスティーで制し、東京ダービー3勝目をあげた。6月30日に行われた帝王賞(JpnI)では、フリオーソに騎乗。中央競馬の有力馬のカネヒキリヴァーミリアンサクセスブロッケンボンネビルレコードなどをやぶり快勝、フリオーソでヴァーミリアンにも初めて勝利した。7月14日に行われたジャパンダートダービー(JpnI)ではマグニフィカに騎乗。始終先頭をキープ。直線でも一度も前を譲らず、そのまま逃げ切り、帝王賞に続いて川島正行調教師とのタッグでGIを獲得した。11月3日に船橋競馬場で行われたJBCクラシックは地方最強馬のフリオーソとタッグを組むも武豊騎乗のスマートファルコンに逃げられ2着。11月14日の東京競馬場第11競走第15回東京中日スポーツ杯武蔵野ステークスでは6番人気のグロリアスノアで優勝し、中央競馬重賞を初制覇した。この年は勝利数が伸びず地方競馬単独の勝利数は294勝した山口勲に続く288勝だったが、中央競馬の勝利数も含める規定により前年に続き最優秀勝利回数騎手賞を獲得することとなった。
2011年も中央競馬へ参戦。6月5日安田記念では、リアルインパクトに騎乗し、中央競馬GI競走での初優勝を飾った。
2012年3月14日、船橋競馬場で行われたベストビット特別を1番人気のグレコで優勝し、地方競馬通算2000勝を達成した。7月13日、大井競馬で行われた第6競走において落馬負傷したが、2週間後の7月29日に無事復帰した〔※結果は復帰初戦の勝利を含む5戦3勝2着1回〕。
2013年6月16日、東京競馬場で行われたユニコーンステークスを3番人気のベストウォーリアで勝利し、JRA移籍後初の重賞勝利を決める〔http://race.sanspo.com/keiba/news/20130616/ope13061616050007-n1.html〕。12月12日園田競馬場で行われたゴールデンジョッキーカップで優勝。
2014年12月28日、第59回有馬記念ジェンティルドンナで勝利し、八大競走初制覇を果たすとともに、年間146勝(中央のみ)でこの年のリーディングジョッキーとなった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「戸崎圭太」の詳細全文を読む




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