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折田平内 : ミニ英和和英辞書
折田平内[おりた へいない]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [おり]
  1. (n-adv,n-t) chance 2. suitable time 
: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [たいら, ひら]
 【名詞】 1. the broad 2. the flat 3. palm
: [うち]
 【名詞】 1. inside 

折田平内 : ウィキペディア日本語版
折田平内[おりた へいない]

折田 平内(おりた へいない、1847年1月23日弘化3年12月7日)〔参考文献『日本人名大辞典』463頁。〕 - 1905年5月7日)は、明治時代政治家薩摩藩士開拓使大書記官、内務書記官、警視総監を務め、山形県令福島栃木広島滋賀県知事など多くの官選知事を歴任。後に貴族院勅選議員となる。
== 生涯 ==
薩摩国鹿児島城山下町(現在の鹿児島県鹿児島市山下町)に生まれる。勤皇を志して、 諸国の名士と交流を持ち、黒田清隆の門下であった。1872年12月 (旧暦)開拓使八等出仕となる。1872年8月 (旧暦)に開拓使大主典1873年10月に七等出仕となり、1875年8月8日に開拓幹事。1877年1月に開拓権小書記官となり、翌1878年11月に権大書記官となる。
開拓使廃止後、1882年内務大書記官となり、同年7月から1883年7月まで山形県令、その後福島県知事に任ぜられる。1888年10月三島通庸の後の警視総監となる。三島と同じ薩摩人であったからとも、関係の深い黒田清隆が首相に就いたためともいわれる(黒田が退陣すると折田も警視総監を辞めた)。1889年12月24日から1894年1月20日まで栃木県知事、1896年4月23日から1897年4月7日まで広島県知事、1897年4月7日から1899年4月7日まで滋賀県知事を歴任する。1900年5月8日、錦鶏間祗候に任じられた〔『官報』第5053号、明治33年5月9日。〕。
その他、1894年1月23日に貴族院議員に勅撰され〔『官報』第3169号、明治27年1月24日。〕、在任中の1905年5月7日に死去した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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