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攝津 正(せっつ ただし、1982年6月1日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。 「攝」が旧字のため、報道では新字を使った「摂津」という表記も使用される〔asahi.comスポーツ人物館 〕。 == 経歴 == === プロ入り前 === 秋田経済法科大学附属高校では1年夏からベンチ入りし、3年時の2000年にはセンバツに出場(チームメートには加藤光教がいた)。 高校卒業後は父親と同じくJR東日本に入社し、東北硬式野球部に所属。3年目から登板機会を増やし日本選手権東北二次予選では最優秀選手賞を受賞した〔GRAND SLAM、NOVEMBER 2011 GS NUMBER、38、「GS SPECLAL FEATURE 攝津正」P50-P54〕。2004年からチームのエースとして活躍〔。 都市対抗野球初登板となった1回戦の日本通運戦では8回二死まで投げて2失点と好投し東京ドーム初勝利を挙げている〔。社会人7年目を迎えた2007年春先から好調を維持し、都市対抗東北二次予選で4試合に登板し防御率0.89を記録した〔。同年9月には第37回IBAFワールドカップ台湾大会の日本代表候補選手選考合宿が行われJR東北が練習相手を務め攝津が登板し3回無安打無失点と抑える〔第37回IBAFワールドカップ日本代表に選出され〔、予選リーグの第1戦の南アフリカ戦に先発し8回まで7者連続を含む17奪三振を記録し勝ち投手に〔、第4戦のパナマ戦、準々決勝のオーストラリア戦、3位決定戦のオランダ戦にも先発で登板し4戦全勝〔、28回2/3を投げて自責点1(防御率0.31)、奪三振36という好成績で銅メダル獲得に貢献。同大会優秀投手(右投手部門)に選出。 社会人最後のシーズンとなった2008年初優勝した東北大会では3試合完投(うち2試合は完封)してMVPを獲得した〔。同年7月4日、第79回都市対抗野球の東北第2代表決定試合(TDK戦)に先発。野田正義との投げ合いは延長16回2-2の引き分けで翌日再試合となったが、攝津はその再試合にも中盤からリリーフ登板し、最後まで投げきった。2日間で25回350球を投げた〔。都市対抗野球大会に7度(補強含む)出場。 2008年度プロ野球ドラフト会議において、福岡ソフトバンクホークスから5位で指名され入団。担当スカウトは作山和英。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「攝津正」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Tadashi Settsu 」があります。 スポンサード リンク
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