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文成公主(ぶんせいこうしゅ、チベット語:、623年頃 - 680年)は、唐の皇女で、吐蕃のソンツェン・ガンポ王の第2皇后。 == 略歴 == 634年、吐蕃は唐に対し公主を迎えたいと申し出た。しかしこのときは吐谷渾の妨害にあって実現しなかったため、638年にソンツェン・ガンポは吐谷渾へ兵を送って攻撃し、その上で降嫁を迫った。これにより唐が妥協し、640年に文成公主を送ることとなった。 公主は、ソンツェン・ガンポの息子であり当時王位にあった(在位:641年 - 643年)の妻となった。642年に王子をもうけたが、その翌年にグンソン・グンツェン王は落馬が原因で急死した。公主はラサにラモチェ寺を建て、唐から取り寄せた釈迦牟尼像を祀って夫の菩提を弔った。 夫の死から3年後、文成公主はグンソン王の死によって再び王位についたソンツェン・ガンポ王と再婚した。再婚までに3年の期間があるのは、喪に服していたためと考えられる。 ソンツェン・ガンポ王との結婚生活は649年の王の死によって、わずか3年で終わりを迎え、マンソンマンツェン(在位:650年 - 676年)が即位した。マンソンマンツェンの死後、680年頃に逝去。 現代では文成公主を観音菩薩の涙から生まれたターラ菩薩の化身とする見方もある。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「文成公主」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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