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斎宮跡(さいくうあと)は、三重県多気郡明和町にある斎宮寮の遺跡である。斎宮寮とは、伊勢神宮の祭祀を行うために皇室から派遣された斎宮が執務した場所であり、斎宮は、天皇の代替わり毎に交替し、南北朝時代まで続いたとされる。斎宮跡は伊勢神宮から約15km離れており、都と伊勢神宮を結ぶ伊勢道のルート上に位置している。 ==遺跡の概要== 外周施設が、東西1.5kmにわたる大きな溝が史跡の北端となり、東西のそれぞれの端で南北の溝に接続している。飛鳥・奈良時代から南北朝時代にわたる遺跡であり、史跡西方(古里・中垣内地区)には奈良時代の遺跡、東方には平安時代の遺構が発見されている。また、鎌倉時代の遺構は、奈良時代と同じ古里地区と史跡東北部に溝や井戸が発見されている。特に、平安時代の遺構には、南北に4つ、東西に7つに区画された約120mの方格地割があり、その内部に、南北の方位に整然と配置された大型の掘立柱建造物が発見されており、その中心部が内院であると推定されており、第1種保存地区に指定されている。 出土遺物は、土製の飾馬、三彩陶器、緑釉陶器以外に、水司、膳司、殿司など役所名を墨書した土器も発見されている。遺物は、古里地区の「斎宮歴史博物館」に収蔵、展示されている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「斎宮跡」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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