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悠羽輝(ゆうき、男性、1982年11月17日 - )は、日本の空手家、キックボクサーを経て現在は総合格闘家。東京都出身。本名は新村 優貴(にいむら ゆうき)。大誠塾→和術慧舟會DUROジム→TEAM TACKLER→TEAM CLIMB == 来歴 == 2004年9月23日の第80回、2005年1月30日の第82回と新空手交流試合重量級で優勝。 2004年12月、TSJ主催/全日本新空手道連盟・全日本キックボクシング連盟後援「Asian Wave!」でプロデビュー。川崎康弘と対戦し、KO勝ち。 2005年3月20日、全日本キックボクシング連盟「TRIAL LEAGUE.1」で外岡真徳と対戦し、判定勝ち。リングネームを悠羽輝と改めた。 2005年5月3日、第16回全日本新空手道選手権大会、K-2グランプリ重量級に出場。決勝で澤屋敷純一に勝利し、優勝を果たした〔第16回全日本新空手道選手権大会 全日本新空手道連盟公式サイト〕。 2005年6月14日、K-1初参戦となったK-1 WORLD GP 2005 in HIROSHIMAのK-1 JAPAN GP リザーブファイトでタケルと対戦し、0-2の判定負け。本名での出場となった。 2009年6月21日、M-1ヘビー級王座挑戦者決定戦で百瀬竜徳と対戦し、3-0の判定勝ちを収めた〔【M-1】石毛慎也、惜しくも王座奪取ならず。関、西山、AKIRAが新王者に! 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年6月21日〕。 2009年8月11日、K-1 WORLD GP 2009 IN TOKYOで行なわれたFINAL16 QUALIFYING GPのリザーブファイトでプリンス・アリと対戦し、3Rに2度のダウンを奪いKO勝ちでリザーブ権を獲得。1回戦を勝ち抜いたメルヴィン・マヌーフが負傷により準決勝を棄権し、マヌーフに敗れたラマザン・ラマザノフもKO負けしていたために悠羽輝が準決勝に進出。準決勝ではダニエル・ギタと対戦し、1Rに2度のダウンを奪われKO負けを喫した。試合後、リザーブファイトで足の骨が折れていたことが判明した〔【K-1】第二のアーツ、ホーストになれる逸材誕生!西島洋介はアーツの猛攻に散る 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年8月11日〕。 2009年11月8日、M-1ヘビー級王者KOICHIに挑戦し、1-0の判定ドローで王座獲得ならず〔【M-1】ムエタイ最高峰の激突は3冠王ノーンオーが勝利!アイドル戦士サーサーは王座防衛 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年11月8日〕。 2010年3月21日、WPMF世界スーパーヘビー級王座決定戦でファビアーノ・サイクロンと対戦し、0-3の判定負けで王座獲得ならず〔【M-1】ファビアーノとちはるが王座獲得!関は初防衛、前田尚紀が敗れる波乱 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年3月21日〕。 2011年 和術慧舟會DUROから 中尾芳広が代表を務めるTEAM TACKLERへ移籍。 2011年 8.26 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「悠羽輝」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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