翻訳と辞書
Words near each other
・ 日新火災
・ 日新火災海上保険
・ 日新生命保険
・ 日新町 (会津若松市)
・ 日新薬品工業
・ 日新薬品工業株式会社
・ 日新製糖
・ 日新製菓
・ 日新製鋼
・ 日新製鋼 呉製鉄所
日新製鋼ドルフィンズ
・ 日新製鋼ドルフィンズの歴代選手・スタッフ一覧
・ 日新製鋼ホールディングス
・ 日新製鋼呉製鉄所
・ 日新観光
・ 日新道路工業
・ 日新酒類
・ 日新電機
・ 日新館
・ 日新館 (曖昧さ回避)


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

日新製鋼ドルフィンズ : ミニ英和和英辞書
日新製鋼ドルフィンズ[にっしんせいこうどるふぃんず]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [にち, ひ]
  1. (n-adv,n-t) sun 2. sunshine 3. day 
: [しん]
  1. (n,n-suf,pref) new 
: [せい]
  1. (n,n-suf) -made 2. make 
製鋼 : [せいこう]
  1. (n,vs) steel manufacture 
: [はがね]
 【名詞】 1. steel 
フィン : [ふぃん]
 【名詞】 1. fin 2. (n) fin

日新製鋼ドルフィンズ : ウィキペディア日本語版
日新製鋼ドルフィンズ[にっしんせいこうどるふぃんず]

日新製鋼ドルフィンズ(にっしんせいこうドルフィンズ)は、大阪府堺市を本拠地に活動していた、日新製鋼の男子バレーボールチームである。
== 歴史 ==
1986年6月に阪神地区営業活動のシンボルチームとして創部〔月刊バレーボール1996年1月号臨時増刊 第2回Vリーグ観戦徹底ガイドブック 92ページ〕。元新日鉄監督の柳本晶一を招聘し、チームのスタートを切った。88年末には、元日本代表の岩田稔が加入。着々とチーム強化を進め、90年には早くも実業団リーグ(現・チャレンジリーグ)昇格を果たす。翌年の実業団リーグで初参加ながら優勝。念願の日本リーグ昇格を決めた。ちなみに、創部から5年での日本リーグ(Vリーグ)昇格は現在でも最短記録である。
初参加となった第25回日本リーグ(1992年)からチーム名を「日新製鋼ドルフィンズ」として挑んだ。しかし2勝12敗の最下位となり、1年で降格となった。
実業団リーグを優勝して返り咲いた第27回日本リーグ(1994年)ではNECや新日鉄といった上位チームから勝利を収めるも、3勝11敗に終わる。セット率の差で最下位になり、再び自動降格となった。
1995年に実業団リーグを優勝し、Vリーグ昇格。「3度目の正直」とリーグ残留を誓うも、開幕直前に、予定していた外国人選手の加入が破談となる不運に見舞われる。結局1勝21敗の最下位で自動降格となった。
1996年末頃、チーム廃部の報道が流れる。チーム存続に望みを託し実業団リーグを戦うが、リーグ戦終了後の1997年3月2日に廃部届を提出。最後のリーグでは2位となり、Vリーグチームとの入れ替え戦出場権を得るも、廃部を理由に辞退している(変わりにリーグ3位のコスモ石油が出場した)。
廃部後、松田明彦をはじめ主力選手が他チームに移籍したが、このうち大半の選手が移籍先でレギュラー選手として活躍した。
日新製鋼OBでは、松田が2011年度まで豊田合成トレフェルサのアドバイザーを務め、南部正司がパナソニック・パンサーズ監督を経て2014年より日本男子代表監督を務めている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「日新製鋼ドルフィンズ」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.