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本項目では、日本とウズベキスタンの二国間関係について記述する。 ==外交関係== 歴史上、中国やシルクロードを介した間接的な接点はあるものの、日本とウズベキスタンの直接の接点は第二次世界大戦後、シベリア抑留において多くの大日本帝国軍人がウズベキスタンを含む中央アジアへと連行され、旧ソビエト連邦軍によって強制労働が課せられたことに始まる。旧日本兵はタシュケントを含むウズベキスタンの各地域でダムなどの施設建設作業を行った。この強制労働で建設された施設にはナヴォイ劇場やファルハドダムなどがあり、現在もウズベキスタン国内にて利用されている。 日本は1991年12月28日にウズベキスタンを正式に国家として承認、1992年1月26日、日本とウズベキスタンは正式に国交を樹立した。翌年の1993年1月、タシュケントに在ウズベキスタン日本国大使館が設立され、1996年2月には東京に駐日ウズベキスタン大使館が設立された。 また、1994年5月にはイスラム・カリモフ大統領が初来日したほか、2002年7月にはカリモフ大統領が再来日して小泉純一郎内閣総理大臣(当時)と会談、それまで橋本龍太郎元首相により提案、実行されてきたシルクロード外交を発展させる「日本とウズベキスタンとの間の友好、戦略的パートナーシップ、協力に関する共同声明」を発表、署名を行った。2004年8月には川口順子外相(当時)がウズベキスタンを含む中央アジア4カ国を訪問、タシュケントにある世界経済外交大学にてスピーチを行い、これまでの中央アジアと日本の関係を強化する新たな対中央アジア政策、「中央アジア+日本」対話を今後行っていくことを発表した〔。また、2006年8月には小泉純一郎総理が現職の総理としてウズベキスタンを初訪問している〔。2011年にはカリモフ大統領が3回目の来日を果たした。 「中央アジア+日本」対話は2004年以降も外相・高級実務者など様々なレベルで継続して開催されており、2013年3月には東京で第5回目の対話が開催された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「日本とウズベキスタンの関係」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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