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日産・アクセス : ミニ英和和英辞書
日産・アクセス[にっさん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [にち, ひ]
  1. (n-adv,n-t) sun 2. sunshine 3. day 
日産 : [にっさん]
 【名詞】 1. daily output 
: [うぶ]
  1. (adj-no) innocent 2. naive 3. unsophisticated 4. inexperienced 5. green 6. wet behind the ears

日産・アクセス ( リダイレクト:日産・リバティ ) : ウィキペディア日本語版
日産・リバティ[にっさんりばてぃ]
リバティ(''LIBERTY'' )は、日産自動車が販売していたワゴン型のミニバン。設計、開発の一部と生産は日産車体が担当していた。「リバティ」は、「プレーリー」のモデルチェンジに際し、車名が変更されたものである。近隣諸国への輸出も多く、それらのネーミングは「プレーリー」のままであった。
なお、当項目では、旧名称のプレーリー / プレーリージョイ / プレーリーリバティについても記述する。
== 沿革 ==

=== M10型(1982年-1988年) ===

当時荻窪にあった旧・プリンス自動車の開発拠点でオースターJX / スタンザFXをベースに開発された車種であり、開発主管は初代マーチ(K10型)、レパード(F31型)、ローレル(C32型)、スカイラインR31(7th)・R32型の開発主管を務めた旧プリンス出身の伊藤修令である。
現在、実質の後継車であるラフェスタと競合するトヨタ・アイシスは、片側のみセンターピラーレス構造を採用しているが、初代M10型プレーリーは、両側共にセンターピラーレス構造をいち早く採用し、ベンチシート、3列8人乗り、回転対座などのシートバリエーションを実現していた。VN10型パルサーバンから転用された、トーションバー・スプリングを横置きに配置することでスペース効率を向上させたトレーリングアーム式サスペンションによって当時としては画期的な超低床レイアウトを実現していた。この超低床を生かす事で小さな外観にそぐわない広い空間を5ナンバーサイズ内に構築し、日本流ミニバンの始祖的存在であった。前席のシートベルトリトラクターは左右フロントドアに内蔵された。
当時はミニバンというジャンルが存在しておらず、デビュー時のキャッチコピーも「びっくり BOXY SEDAN」と、新しいタイプのセダンという位置付けで、いわゆるミニバンタイプである3列シートのJW系(JW、JW-L、JW-G)のほかに後席を折りたたむことで広いラゲッジスペースを得ることができる2列シートのRV系(RV、RV-S)、同じく2列シートながらRV系に比べ前後シートの間隔を広げたうえ、シートバックの厚みをたっぷりとった固定式シートを採用した、リムジン感覚をうたったSS系(SS-G)、さらには商用車のNV系(3人乗り、3 / 6人乗り)という4タイプのワイドバリエーションをそろえていた。搭載するエンジンは直列4気筒 OHCCA18S型E15S型
ただし、パワートレーンは、初代プレーリーM10型が発売された前年(1981年)にデビューのバイオレットリベルタ(1982年廃止) / オースター / スタンザのT11型3姉妹と共用され、省燃費仕様のワイドなギア比のトランスミッションとハイギアードなデフを流用したことや、1.3トン近い車両重量に対して明らかに力不足のエンジンスペック、さらには最大のセールスポイントである前述の「センターピラーレス構造」に加え、荷役性の向上を図るため開口見切りを大きく下げ、バックドアがバンパーごと開口する画期的なアイディア(超低床レイアウトゆえの措置)に起因するボディ剛性の低さなどが災いし、コンセプト的には各方面で評価されたものの、走行性能や動力性能の評価は芳しくなく、販売面ではそれらを大きく反映する結果となった。また「センターピラーレス+両側スライドドア」はボディ側ドア側双方ともに負担が大きく、スライドドアの耐久性と言う面でも難があり、当時の設計&生産技術の限界を露呈させる結果となった。2代目は余裕を持たせ、ブルーバードベースで開発されることとなり、これらの反省点も盛り込まれた。
北米輸出仕様の名前はアメリカ合衆国ではスタンザワゴン(''Stanza Wagon'' )、カナダではマルチ(''Multi'' )の名で販売された。
* 1982年8月、発売開始。
* 1983年3月、特別仕様車「50スペシャル」発売。
* 1983年6月、特別仕様車「エクストラ」発売。
* 1984年1月、エクストラ JW、エクストラ JW-G追加。
* 1984年6月、車種体系見直し。JW、JW-G廃止。
* 1985年1月、マイナーチェンジ。フロントグリルの意匠変更やリアクォーターウインドウがルーフまで回り込むなど、内外装のデザインが一部変更される。特に外観上大きく変わった点では、ボディ剛性の向上策としてバンパーごと開口していたリアハッチゲートをバンパー上端から開口する様に変更し、ボディ後端部への補強が施された。またエンジンにも手を加えられた。搭載されるエンジンは直列4気筒 OHCCA18S型E15S型
* 1985年9月、2000cc CA20Sエンジン搭載のパートタイム4WD車(リヤサスペンションはB12型サニー4WD系のリバースAアーム式ストラットサスペンションを使っている)を追加設定。翌10月には4WD特別仕様車「ウィンタースペースワゴン」を発売。
* 1986年11月、一部変更。駐車灯が廃止される。
* 1987年8月、車体色変更。
* 1987年9月、特別仕様車「4WD JW-L ノルディカバージョン」発売。
* 1988年5月、サイクルキャリアが標準装備の特別仕様車「サイクルスポーツバージョン」発売。

ファイル:NissanMulti.jpg|マルチ(後期型)
ファイル:Prairie 1500.JPG|リア(前期型、欧州仕様)
ファイル:BywaterNissanStanza 02.jpg|リア(後期型、スタンザワゴン)


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「日産・リバティ」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Nissan Prairie 」があります。




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