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早川 元(はやかわ はじめ、1895年(明治28年)6月21日〔『沖繩大百科事典 下巻』「早川元」(1983年)p.255〕 - 1970年(昭和45年)8月4日〔『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年 - 平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』1000頁。〕)は、日本の内務官僚。官選県知事、海軍司政長官。 ==経歴== 長野県出身〔。早川繁夫の長男として生まれる〔『新編日本の歴代知事』1073頁。〕。第八高等学校を卒業。1920年、東京帝国大学法学部を卒業。1921年、貴族院に入り貴族院属となる。1922年11月、文官高等試験行政科試験に合格〔〔『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』238頁。〕。 1923年4月、内務省に転じ警視庁属となる。以後、警察署長、警視庁事務官、同消防部長、長崎県書記官・警察部長、愛知県書記官・警察部長などを経て、1939年4月、熊本県総務部長に就任〔。 1941年1月、沖縄県知事に就任。標準語・国民礼法励行運動、南進政策、翼賛壮年団の結成、食糧増産などを推進した〔『新編日本の歴代知事』1132頁。〕〔『沖縄県姓氏家系大辞典』357頁。〕。1943年7月1日、大分県知事に転任〔。軍人援護、防空設備の増強、健民運動など、戦時体制の整備を推進した〔。1944年10月、海軍司政長官に転じ、南西方面海軍民政府ボルネオ民政部長官に就任し終戦を迎えた〔『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』143頁。〕。その後、公職追放となった〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「早川元」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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