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是久 幸彦(これひさ ゆきひこ、1943年9月2日 - )は、元プロ野球選手。ポジションは内野手。 == 来歴・人物 == 神奈川県出身。法政二高では三塁手として甲子園に3回出場。2年生の時、七番打者として夏の甲子園にエース柴田勲を擁し出場。順調に勝ち進み決勝では静岡高に3-0で完封勝利、初優勝を飾る。翌春の選抜では四番打者に座り、決勝で高松商を4-0で降し、前年からの夏春連覇を達成する。法政二高は同年夏の甲子園にも出場。準決勝で、これまで甲子園で2勝している因縁の浪商と対決、柴田と尾崎行雄との投手戦となり、延長11回の熱戦の末2-4で敗退した。甲子園通算52打数17安打8打点。柴田以外のチームメートに同期の的場祐剛中堅手(大洋)、1年下には後に日本人初のメジャーリーガーとなる村上雅則が控え投手として出場していた。 には鳴り物入りで東映フライヤーズに入団する。しばらくは二軍暮らしが続くが、には第1回ジュニアオールスターにも選出される。翌年には一軍に上がり、には73試合に出場する。もシーズン終盤の10月には全試合先発出場するが、打撃面で実績を残せず、同年限りで引退。 、中南米で新規に発足した国際的プロ野球リーグである「グローバルリーグ」の東京ドラゴンズに、森徹、矢ノ浦国満らと共に参加するが、同リーグは財政問題で破綻し、半年で解散を余儀なくされ帰国した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「是久幸彦」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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