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曽田 博久(そだ ひろひさ、1947年10月21日 - )は、映画・テレビドラマ作品の脚本家・小説家。島根県出雲市(旧:簸川郡大社町)出身。横浜国立大学中退。特にスーパー戦隊シリーズでは参加17作品、メインライター担当9作品、執筆本数399本はいずれもシリーズの最多記録である〔〕。 == 経歴 == 大学時代は新左翼の活動家だったが内ゲバの激化に嫌気がさして、次の進路に迷っていた。そんな時に立ち寄った本屋でたまたま月刊誌『シナリオ』を手にとり、「これなら書けそう」と“勘違い”して、シナリオライターになることを決意〔〕。脚本家の松浦健郎に弟子入りする。タツノコプロの企画を仕切っていた鳥海尽三も松浦の弟子であったことから、同社の『アニメンタリー 決断』第18話「山本五十六の死」において、松浦との共作名義で脚本家デビューを果たす。後に、松浦の紹介で東映制作の『非情のライセンス』に関わったことから、東映の吉川進プロデューサーと遭遇。吉川担当の『キカイダー01』や『秘密戦隊ゴレンジャー』などの、特撮脚本に携わり始める。 1982年の『大戦隊ゴーグルファイブ』より、宇宙刑事シリーズに移動した上原正三の後を受けてスーパー戦隊シリーズのメインライターに就任。以後は1990年の『地球戦隊ファイブマン』まで、鈴木武幸プロデューサーのとのコンビで、シリーズのドラマ面を強化するとともに数々の新路線を導入し作品を支えた。 『ファイブマン』終了後は『暴れん坊将軍』などの時代劇やVシネマ作品、先輩筋の城山昇の紹介で超長寿アニメ『サザエさん』を執筆。 『サザエさん』の脚本執筆終了後は、自身初参加となるメタルヒーローシリーズ(『特捜ロボ ジャンパーソン』『ブルースワット』)を経て、1994年の『忍者戦隊カクレンジャー』より再び戦隊シリーズにサブライターとして復帰を果たしたが、結果的には特撮作品への参加は1997年オンエアーの『激走戦隊カーレンジャー』第44話「不屈のチキチキ激走チェイス!」が最後となっている。 1997年にはカプコンのゲームクリエイター・岡本吉起や、同じ脚本家として東映の特撮ドラマに関わった杉村升らと共にフラグシップの設立に参加。取締役を務める傍ら多数のゲームシナリオを執筆したが、同集団は2007年に解散している。 2005年1月、『新三郎武狂帖・千両帯』(角川春樹事務所)で時代小説家としてもデビューを飾っている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「曽田博久」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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