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朔日餅(ついたちもち)は、三重県伊勢市に本社を置く和菓子店赤福が1月を除く毎月1日に販売する餅。地域の風習である「朔日参り」にちなんだもので、毎月販売する餅は異なる〔JTBパブリッシング(2011):141ページ〕。 1978年(昭和53年)に朔日参りの参宮客をもてなすために〔、赤福餅で培った技術に季節感を織り込んだ商品として販売を開始した〔「月替わりもち、赤福―四季の味手づくり 朔日ごと長蛇の列」日本経済新聞1987年8月31日付朝刊、17ページ〕。1日しか買えないことから、お金では買えない気持ちを伝える贈答品として優れているとともに、季節感を大切にしてきた日本の食文化を見直す上でも良いと経済学者の伊藤元重は評している〔伊藤元重"「ハレ」の日消費 モノではなくコトを売る"日経MJ2008年1月9日付、4ページ〕。 == 歴史 == 1978年(昭和53年)2月1日に販売を始めた〔「毎月1回、限定の餅 ☆☆☆ 三重県伊勢市 懐かしい味 朝5時から」日経流通新聞1993年1月5日付、14ページ〕。伊勢周辺には毎月1日に伊勢神宮に参拝し、前月の無事に感謝すると同時に当月の無事を祈る「朔日参り」という風習があり〔JTBパブリッシング(2011):140ページ〕、その帰りに赤福を訪れ菓子とお茶を一杯注文する人が多かった〔ことから、参拝者をもてなす菓子として朔日餅が創案されたのであった〔。発売当初は200 - 300個の売り上げを想定していたが、口コミで評判が広まり、年々販売個数を増やしていった〔。これを受け赤福本店だけでなく、1980年代には愛知県名古屋市や大阪府大阪市の百貨店でも取り扱いを開始した〔。この頃にはグループ会社を含めた従業員総出で朔日餅づくりを行い、百貨店では行列が隣接する売り場にまで伸びてしまうため、予約制をとるようになった〔。 2007年(平成19年)10月に消費期限及び製造日、原材料表示偽装事件が発覚した際には、朔日餅の原材料表示が重量順になっていないことが発覚〔「赤福 偽装製品 記号で識別 不正、組織ぐるみか 外国産原料も使う」日本経済新聞2007年10月23日付朝刊、43ページ〕、朔日餅の一部を冷凍保存し解凍して販売していたことも明らかとなった〔"赤福「朔日餅」は冷凍で 毎月恒例の人気商品 需要に対応できず"日本経済新聞2007年11月15日付朝刊、名古屋版社会面21ページ〕。このため、同年11月1日に販売を予定していた「ゑびす餅」の販売を休止した〔"「指導窓口」機能せず 伊勢保健所 偽装見落とす 赤福・JAS法違反"朝日新聞2007年10月16日付朝刊、名古屋版社会面31ページ〕。赤福では不正防止のため赤福餅用の冷解凍設備の全廃を表明したが、朔日餅用の設備については「検討する」とし、最終的には需要が高いため設備を維持することになった〔。また河村たかしは、第168回国会で赤福餅と朔日餅の不適正表示について質問した。 2008年(平成20年)1月30日、三重県は赤福の営業禁止処分を解除することを決定し、販売地域を拡大する際と朔日餅の製造を行う場合は伊勢保健所に事前報告するよう赤福に求めた〔「赤福 信頼回復これから 三重県 営業禁止を解除」日本経済新聞2008年1月30日付夕刊、名古屋版社会面36ページ〕。これを受け赤福は2月6日に営業を再開したが、朔日餅は当面販売を自粛すると発表した〔「赤福、6日に営業再開 まず伊勢市内の直営3店」日本経済新聞2008年2月1日付朝刊、名古屋版社会面21ページ〕。その後、8月1日に「八朔粟餅」を本店限定で販売した〔"赤福「八朔粟餅」販売へ 来月1日"朝日新聞2008年7月29日付朝刊、三重版29ページ〕が、設備の問題で9月以降再び販売自粛に至り、2009年(平成21年)3月1日の「よもぎ餅」から正式に販売を再開した〔"赤福の「朔日餅」3月に販売再開"朝日新聞2009年1月8日付朝刊、三重版18ページ〕。「八朔粟餅」だけが一時的に販売されたのは、八朔粟餅が赤福餅の原形となったもので、赤福餅とほぼ生産方法が同じであったことによる〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「朔日餅」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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