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朝日氏(あさひし)は、日本の氏族の一つ。 # 武藤氏(少弐氏)庶流の朝日氏。 少弐盛経の子の資法を祖とし、鎌倉時代末期から戦国時代初期にかけて、肥前朝日山(旭山)を周辺の地に割拠し、少弐氏の勢力を支えたが、室町時代以降、大内氏との抗争に少弐氏が敗れ衰退すると、ともに没落の道を歩み、享禄年間に最後の当主頼貫が死去し(大内義興との戦いで戦死したとも、大内氏に服属したものの田手畷の戦いで討たれたとも)、断絶した。朝日氏の旧領は大内氏の代官が支配した。 # 戦国期は武田信玄に仕えていたという尾張藩士朝日文左衛門家〔神坂次郎『元禄御畳奉行の日記』1984年9月(中公新書・740)ISBN 9784121007407〕 # 朝日将軍木曾義仲の後裔で遠江出身の袴田氏〔袴田、羽鎌田〕が後に改姓し、朝日重政が菅沼定利から徳川家康・結城秀康・松平忠直・松平直政へ歴仕して出雲松江藩家老連綿となった家系。 # 藤原氏庶流と伝わる津軽朝日氏。 康永3年(興国5・1344)、藤原藤房が津軽に入り、その子景房が飯詰城を築き朝日氏を名乗ったという。陸奥飯詰城主。南部氏配下。天正6年(1578)、朝日行安が大浦為信に居城を攻められ、一族は皆殺しにされ滅亡した。 == 脚注 == 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「朝日氏」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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