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『本能寺合戦』(ほんのうじかっせん)は、1908年(明治41年)に製作・公開された日本映画である。横田商会製作。牧野省三の監督第1作で、日本初の旧劇映画(現在の時代劇)である。別名『太閤記の本能寺』(たいこうきのほんのうじ)。 当時千本座の狂言方(舞台監督)だった牧野省三監督として立ち会い、千本座の俳優である中村福之助、嵐璃徳らを起用した〔。横田商会はまだ撮影所を持っていなかったため、浄土町の真如堂境内でロケーション撮影を行い、同寺の山門で森蘭丸奮戦の場面を撮った〔『日本映画発達史 I 活動写真時代』 、田中純一郎、中公文庫、1975年12月10日 ISBN 4122002850, p.145-148.〕。撮影は横田商会の技師である小川真喜多が務めた。1908年(明治41年)9月17日、横田商会特約館の錦輝館で公開された。 牧野は翌1909年(明治42年)に横田商会で『菅原伝授手習鑑』『明烏夢の泡雪』『児島高徳誉の桜』『安達原三段目袖萩祭文の場』『桜田騒動血染雪』の5本の歌舞伎物を撮った後、尾上松之助とのコンビ第1作『碁盤忠信 源氏礎』を撮り、本格的に映画監督として活動することとなった。 1918年(大正7年)に日活京都撮影所製作・配給、尾上松之助主演でリメイクされており、12月31日に正月作品として浅草公園六区の富士館等で公開された。 本作の上映用プリントは、現在、いずれのバージョンも東京国立近代美術館フィルムセンターには所蔵されておらず〔所蔵映画フィルム検索システム 、東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年3月14日閲覧。〕、マツダ映画社はそのリストに本作の題名が見当たらない〔主な所蔵リスト 劇映画=邦画篇 、マツダ映画社、2010年3月14日閲覧。〕。現時点では、鑑賞することの不可能な作品である。 == キャスト == * 織田信長:中村福之助 * 森蘭丸:嵐璃徳 * 安田作兵衛:尾上栄之助〔都築政昭著『シネマがやってきた! 日本映画事始め』p.71〕 * 阿能の局:片岡秀郎〔岸松雄著『人物日本映画史』p.17〕 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「本能寺合戦」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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