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札幌ラーメン(さっぽろラーメン)は、北海道札幌市発祥のラーメン一般を指す通称である。ご当地ラーメン(ご当地グルメ)の一つ。 == 歴史 == 札幌には戦前から在日華人の調理人達によるあっさりしたスープのラーメンが存在しており、これが発祥とされる〔北海道新聞社編「さっぽろラーメンの本」〕〔北海道新聞社編「これが札幌ラーメンだ」〕。この中でも中華料理店「竹家食堂」が1922年にはじめた「肉絲麺(ロゥスーミェン)」が元祖といわれる〔『続ほっかいどう百年物語』、281頁。〕。竹家では、中国・山東省出身の王文彩が手延べ麺を茹でてスープに入れるという作りを生み出し、当時は「拉麺」とも呼ばれていた〔松岡正剛の千夜千冊1541夜、2014年04月15日〕。王文彩は1924年に竹家を去るが、後任の李彩・李宏業・李絵堂らによって、より日本人向けの味に改良され、好評を博していく〔『続ほっかいどう百年物語』、282 - 283頁。〕。 その後、札幌市内の中華料理店・喫茶店などに広がっていったが、太平洋戦争の物資統制による原料不足で、竹家をはじめ全ての店が姿を消した〔〔〔『続ほっかいどう百年物語』、283頁。〕。現在、のれん分けした「竹家」が神戸市灘区で営業継続している〔。 現在のスタイルは、終戦直後の1946年頃に満州などからの引揚者達が屋台〔〔で作った豚骨から煮出した濃いスープによるラーメンが源流である〔『続ほっかいどう百年物語』、286頁。〕。元祖は1946年に松田勘七が開業した「龍鳳」と言われ〔、翌年西山仙治が開業した「だるま軒」と共に人気店となった〔『続ほっかいどう百年物語』、287頁。〕。東京で中国料理の修業をした西山は、製麺技術の高さにも定評があり、「龍鳳」など、他の店の麺作りも手がけるようになった〔『続ほっかいどう百年物語』、287 - 288頁。〕。 「龍鳳」などは醤油味が中心であり、1960年頃までは、醤油ラーメンが主であった札幌ラーメンも、味噌ラーメンが誕生してしばらくして広まり主流となる。「味の三平」の大宮守人が味噌ラーメンを考案した〔〔〔『続ほっかいどう百年物語』、293 - 294頁。〕〔『朝日新聞北海道版』1969年6月1日。〕。1951年には「公楽ラーメン名店街」が誕生し、初代「札幌ラーメン横丁」とされることもある。さらに、同年「味の三平」を訪れた「暮しの手帖」元編集長花森安治が、札幌ラーメンの記事を1953年に「週刊朝日」へ、1955年に「暮しの手帖」へ執筆したことで、その名が日本全国に広く知られることとなった〔。味噌ラーメンに合う「多加水熟成麺」が開発された1958年に、「味噌あじメン」の名称で、「味の三平」でメニューに出す〔YouTube - 知ってるつもり「札幌ラーメン物語 大宮守人」2001年1月21日放送 〕。1960年に、大宮守人の了承の元に、味噌ラーメン用「多加水熟成麺」が、西山製麺所より、他の札幌ラーメンの店で使われるようになり、札幌ラーメンとして「味噌ラーメン」が定着した〔。 サンヨー食品の専務だった井田毅が、1960年頃、「味の三平」のラーメンに感激し〔、1966年にはサンヨー食品からインスタントラーメンの『サッポロ一番しょうゆ味』が発売された。これによって、「ご当地ラーメン」として知名度が上がる。 「味の三平」のラーメンが雑誌やデパートの物産展などで全国的に広がったことから「札幌ラーメンは味噌ラーメン」と捉えられがちだが、多くの札幌ラーメン店では醤油味・味噌味・塩味の3種類を提供しており、特段味噌ラーメンのみに傾注しているわけではない〔〔。 2001年に札幌ラーメンを含む北海道のラーメンが北海道遺産として認定。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「札幌ラーメン」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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