|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 杉 : [すぎ] 【名詞】 1. Japanese cedar 2. cryptomeria japonica ・ 内 : [うち] 【名詞】 1. inside ・ 寿 : [ことぶき] 【名詞】 1. congratulations! 2. long life! ・ 子 : [こ, ね] (n) first sign of Chinese zodiac (The Rat, 11p.m.-1a.m., north, November)
杉内 寿子(すぎうち かずこ、1927年(昭和2年)3月6日 - )は、日本の囲碁棋士。静岡県出身、日本棋院所属、喜多文子名誉八段門下。女流棋士として初の八段。女流選手権戦4期、女流名人戦4期など。旧姓本田。夫は杉内雅男九段。本田幸子、楠光子の棋士三姉妹の長姉。 2004年まで日本棋院棋士会会長、女流棋士会会長を務めた。 == 経歴 == 田方郡函南村に生まれる。父栄三は元海軍大尉の退役軍人で、一時栄三の仕事で大阪に住むが、伊東で碁会所を開き、このため幼少から碁に親しんだ。1933年に沼津で開かれた囲碁大会に伊藤清子(伊藤友恵)二段が出席していたのを見て、栄三は寿子を棋士にすることを思い立つ。1937年に将棋の小菅剣之助の熱海の別荘に本因坊秀哉が訪れ、小菅の紹介で秀哉と六子で対局、その後東京での講演会席上で木谷實と五子で打って勝ち、これを契機に喜多文子に入門。翌1938年に日本棋院の院生となる。 1942年入段。1944年前期大手合2部で全勝優勝。1944年に千葉県市原郡戸山村に疎開。1946年に妹の幸子と東京祖師谷の、小菅剣之助子息隆三氏宅に身を寄せて大手合に出場。1953年、四段時に女流選手権戦で伊藤友恵に挑戦し、2-0でタイトル獲得、以後4連覇。青年棋士の研究機関「敲玉会」に参加し、そのメンバーだった杉内雅男と1954年に結婚。1956年に六段昇段。出産、育児のため10年間手合を休場し、その後に復帰する。 1973年に女流初の七段昇段し、この時の昇段記念会が後に女流囲碁まつりとして毎年開催されるようになる。1983年の大手合で、女流棋士初の八段昇段と1部優勝。1991年に女流名人戦で青木喜久代を2-1で破り、以後4連覇。 1972年棋道賞敢闘賞、73、83年棋道賞女流賞。1998年、大倉喜七郎賞受賞。1999年、勲四等宝冠章受章。門下に加藤朋子、菅野尚美。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「杉内寿子」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|