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杉常道 : ミニ英和和英辞書
杉常道[すぎ つねみち]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [すぎ]
 【名詞】 1. Japanese cedar 2. cryptomeria japonica 
: [とわ, じょう]
  1. (adj-na,n) eternity 2. perpetuity 3. immortality
常道 : [じょうどう]
 (n) normal or proper practice (practise)

杉常道 : ウィキペディア日本語版
杉常道[すぎ つねみち]

杉 常道(すぎ つねみち)は、江戸時代後期から末期(幕末)の長州藩士。通称は百合之助。は恬斎。は伯兪。子に杉民治吉田松陰楫取美和子など、弟に吉田大助玉木文之進がいる。
== 生涯 ==
無給通組士の杉常徳(七兵衛)の子として生まれる。文政7年(1824年)に家督を相続し、翌年に児玉太兵衛の養女を娶る。
家格は無給通組(下級武士上等)、石高26石という極貧の武士であったため、農業もしながら生計を立て、7人の子供を育てていた。おまけに三男は発声が不自由であった。天保3年(1830年)に記録御次番役となり、翌年に呉服方になる。天保6年(1835年)、弟吉田大助が死去したため、吉田家(家禄57石)の家督を次男の寅之助(松陰)に相続させた。
安政元年(1855年)、密航を企てた松陰が生家預かりとなり、常道宅に蟄居することとなる。その時松陰は父や近親者に『孟子』や『武教全書』を講じる。安政2年(1856年)、松陰の処分が解け、松下村塾の主宰者となると、長男修道(梅太郎)と共に最初の生徒となる。安政6年(1859年)5月に松陰が江戸護送となると、藩職を罷免され万延元年(1860年)に家督を修道に譲るが、文久3年(1863年)に当職(国相府)内用方になり、盗賊改方を兼務する。慶応元年(1865年)3月に辞職しほどなくして死去した。
墓は山口県萩市の椿東椎原にある。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「杉常道」の詳細全文を読む




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