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杉浦 滋男(すぎうら しげお、1935年12月15日 - 1997年12月6日)は、日本の元男性アナウンサー。 == 来歴・人物 == 東京都出身・日本大学法学部卒業〔1989年10月1日付北海道新聞「テレビ北海道開局記念広告特集」のうち、アナウンサー紹介「局の顔 三者三様の輝き」から抜粋。〕だが、北海道に憧れていたことから、北海道放送]]にアナウンサーとして入社。その後1962年の名古屋テレビ放送開局と同時に移籍後、1964年、やはり開局後の日本科学技術振興財団テレビ事業本部(現・テレビ東京)に入団。 主として格闘技の実況中継に携わり、プロレス中継では、米国のプロレスを紹介するプロレスアワー、小畑千代VSファビュラス・ムーラをはじめとする日本女子プロレス中継、NETによる『ワールドプロレスリング』開始前の新日本プロレスの単発中継アントニオ猪木VSカール・ゴッチ二連戦を経て、国際プロレスのレギュラー中継番組『国際プロレスアワー』のメイン実況を担当。ボクシングの実況中継も担当し、毎日放送から移籍してきた金子勝彦と並び、テレビ東京におけるスポーツ実況の名物アナウンサーとして名を馳せた。 『国際プロレスアワー』ではキラー・トーア・カマタに胸ぐらを掴まれ実況席からゴボウ抜きにされた上、背広を破かれるなどの被害に遭い、1980年代に放送された『世界のプロレス』でもロード・ウォリアーズにネック・ハンギングを受けるなど、体重50kgにも満たない痩身ながら体を張った仕事を続けた〔『日本プロレス事件史 Vol.2』P75(2014年、ベースボール・マガジン社、ISBN 9784583621876)〕。悪役レスラーの襲撃を避けるため、放送席の周りを金網で囲み、その中に入って実況していたこともあった。 ボクシング中継ではマイク・タイソン、シュガー・レイ・レナード、マービン・ハグラーといったスーパースターたちのビッグマッチを、ジョー小泉とのコンビでアメリカ合衆国から衛星生中継。 1980年5月18日 戒厳令下の敵地ソウルにて、WBCフライ級王者朴賛希に大熊正二が挑戦した試合を、解説者無しの単独実況。大熊のタイトル奪取を実況したことで知られている。 その後、1982年にテレビ東京初の地方系列局(TXN)となるテレビ大阪、1989年にはテレビ北海道の開局に出向スタッフとして立会い、ニュースやスポーツ中継のアナウンスを担当した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「杉浦滋男」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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