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村木砦の戦い(むらきとりでのたたかい)は、天文23年〔『信長公記 首巻』では年代不明。『総見記』では天文23年とする。また、『史料稿本』では、『相州兵乱記』の天文23年2月の「今川義元ハ其比尾張ノ敵蜂起シテ三州マテ発向シケル間、其敵ニ対陣セラル」という記述をこの戦いのことと推測している。〕1月24日(1554年2月25日)、尾張国で起きた戦い。 == 戦闘前の情勢 == 今川義元の軍勢は、鴫原(現・愛知県知立市上重原町)にある重原城の山岡伝五郎を攻め滅ぼし、水野金吾(水野忠分)の緒川城〔『信長公記』では「小河」城と表記。〕(現・東浦町)攻略へ向け、村木(同・東浦町)に砦を築いた。 これに呼応し、織田方だった寺本城(現・知多市)が今川方に寝返り、信長の居城・那古野城と緒川城の間の道を塞いだ。このため信長は船で海を渡って寺本城を避け、村木砦を背後から攻撃することにした。 信長の留守中、敵対している清洲城の織田信友が那古野城を攻撃することが予想されたため、信長は義父の斎藤道三に使者を送り、援軍を求めた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「村木砦の戦い」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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