|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 東 : [ひがし] 【名詞】 1. east ・ 琴 : [きん, こと] 【名詞】 1. koto (Japanese plucked stringed instrument) ・ 台 : [だい] 1. (n,n-suf) (1) stand 2. rack 3. table 4. (2) support 5. (3) belt 6. (4) counter for machines, incl. vehicles
東条琴台(とうじょう きんだい、寛政7年6月7日(1795年7月22日) - 明治11年(1878年)9月26日)は江戸時代後期から明治にかけての儒学者。幼名は義蔵または幸蔵。名は信耕。字は子臧。通称は文左衛門、後に源右衛門。別号に無得斎、呑海堂、掃葉山房。 江戸の医家に生まれ、大田錦城、亀田鵬斎等に学び、越後高田藩に仕えた。嘉永年間、海防論を説いた『伊豆七島図考』で筆禍に遭い、江戸を離れて高田城下で修道館教授を務めた。明治には東京に戻り、新政府下で神官を歴任した。 『先哲叢談後編』『続編』の編者として知られる。兄に花笠文京、孫に下田歌子がいる。 == 名前 == 「琴台」は琴を据える台の意で〔諸橋轍次『大漢和辭典』巻七 p.939〕、愛読書、明梁橋撰『氷川詩式』にも採られる杜甫の詩「琴台」に拠ると見られる〔西尾(1918) p.8〕。 茂陵多病後 茂陵(司馬相如)多病の後 尚愛卓文君 尚ほ愛す卓文君 酒肆人間世 酒肆・人間の世 琴臺日暮雲 琴台・日暮の雲 野花留寶靨 野花宝靨を留め 蔓草見羅裙 蔓草羅裙を見る 歸鳳求凰意 帰鳳求凰(『』)の意 寥寥不複聞 寥寥として複た聞かず 文左衛門は師亀田鵬斎の通称に倣った〔西尾(1918) p.4〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「東条琴台」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|