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東武鉄道ED610形電気機関車(とうぶED610がたでんききかんしゃ)は、かつて東武鉄道に在籍した直流貨物用電気機関車である。 == 概要 == 元来、日光電気軌道(後の東武鉄道日光軌道線)は沿線の清滝に開設された古河電気工業日光電気精銅所からの電気銅製品を国鉄日光線経由で出荷することを主な目的として建設された路線であった。だが、その貨物輸送は軌道条例準拠の路面併用軌道として建設されたこともあり、同条例→軌道法で列車長や編成両数が規制されたことから、開業以来電動貨車あるいは電車が牽引する貨車によって実施される時期が長く続いた。そのため、国鉄貨車への貨物積み替えが実施される国鉄日光駅荷扱所と出荷元である清滝の精銅所の間では、一方の車端にのみ運転台を設置した独特のL形無蓋電動貨車〔そのため日光駅のループ線と清滝構内のデルタ線でしか転向できず、原則的に両駅間でしか運転できなかった。〕であるテト30・40形と、それに連結された無蓋貨車のペアが長らく銅製品輸送に供された。その輸送体制は、1928年の日光電気軌道への東武鉄道による資本参加と続く1929年の東武日光線開業で日光軌道線の観光路線としての性格が強まった後も変化することはなかった。むしろ日光電気精銅所でジュラルミンなどの戦略物資の精錬事業が開始されたことでその重要度は急増し、戦時中には無認可での電動貨車の大量増備が当局による黙認の下で実施されるなど、貨物輸送路線としての日光軌道線は輸送力不足が深刻な状況に陥っていたのである。 そこで、戦時中末期の1944年9月には、地上設備の改修を実施した上で国鉄との貨車直通(車扱貨物)の実施が認可された。その牽引用機関車としては、同時期に国鉄で新型電気機関車(ED42形)の集中投入によって余剰となっていたアブト式のED40形ED406・ED4010の2両がラックピニオン駆動機構や第三軌条用集電装置などを撤去し〔これにより自重は約20t減の40.0tとなった。〕、さらに屋根上前後にトロリーポールを搭載する〔パンタグラフはそのまま屋根中央に残された。〕などの改造工事を実施の上で東武鉄道へ貸し出され、就役した。 これら2両は第二次世界大戦後の1947年に正式に東武鉄道へ払い下げとなり、ED4000形ED4001・ED4002と付番され〔その後、1955年の形式整理の際にED600形ED601・ED602へ改番され、ED4000の形式は本線系統のED10形に譲った。〕、以後も引き続き日光軌道線での貨物輸送に充てられた。だが、このED4000形は全負荷時定格速度15km/h、最大でも25km/hという低速機で、元々信越本線横川 - 軽井沢間(碓氷峠)の急勾配線で使用されていたことから登坂能力には不足はなかったものの、戦後、新造ボギー車や連接車の投入が行われ日光の観光開発が進む中で、その低速は日光軌道線の旅客輸送能力向上・所要時間短縮における最大の障害と目されるようになった。また、1920年・1921年製の老朽機であったことからそのメンテナンスにも問題が生じるようになってきたことや、片運転台で推進運転を実施する必要があり、保安上問題となっていたことなどもあって、より高速で貨車を牽引可能で、なおかつ両運転台を備え、取り扱いの容易な代替機の投入が求められた。 そこで1955年にこれらを代替する新型電気機関車1両の新造が決定され、東洋工機を主契約社とする本形式、すなわちED610形ED611が製造された〔ただし、本形式については三岐鉄道向けの注文流れ品を購入したとの説が存在する。実車に装着されている東洋電機及び東洋工機のメーカーズプレートの製造年は「昭和29年」となっている。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「東武ED610形電気機関車」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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