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松本 剛吉(まつもと ごうきち、文久2年8月8日〔『第拾壱回改選 代議士銘鑑』、国華新聞社、1912年。〕(1862年9月1日) – 昭和4年(1929年)3月5日〔『官報』第655号、昭和4年3月8日。〕)は、衆議院議員、貴族院議員。旧名は松元剛吉〔故従五位勲三等松本剛吉位階追陞ノ件 〕。『松本剛吉政治日誌』で知られる。 == 経歴 == 丹波国氷上郡柏原町(現在の兵庫県丹波市)に、今井源左衛門の四男として生まれ、松元十兵衛の養子となった〔『人事興信録』〕。中村正直の同人社に学んだ〔『衆議院議員略歴』〕。1884年(明治17年)に、神奈川県警部に任命され、埼玉県警部、逓信属を歴任し、1894年(明治27年)に退官した。その後、第1次大隈内閣で林有造逓信大臣の秘書官となり、第4次伊藤内閣でも林農商務大臣の秘書官を務めた〔。 1904年(明治37年)、第9回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、当選回数は4回を数えた。寺内内閣では田健治郎逓信大臣の秘書官に就任し〔『官報』第1269号、大正5年10月23日〕、田が台湾総督に転ずると総督秘書官を務めた。 1927年(昭和2年)、貴族院議員に勅選された〔『官報』第193号、昭和2年8月19日〕。 その他、徴兵保険株式会社取締役、東京鉄道株式会社取締役などを務めた〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「松本剛吉」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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