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松岡館(まつおかやかた)は、福井県永平寺町松岡葵にあった松岡陣屋の別称である。越前松岡藩の藩庁が置かれていた。当時は御館(松岡御館)と呼ばれていた。 == 歴史 == 正保2年(1645年)8月、越前福井藩第3代藩主・松平忠昌が没すると、同年11月、遺領のうち、足羽郡、吉田郡、丹生郡、坂井郡、今立郡、南条郡、大野郡の108村、5万石が忠昌の庶子・松平昌勝に分知され、新たな藩(松岡藩)が創設された 〔『福井県史 第2冊』163頁 、『福井県の地名』221頁〕。 ただし、新たな城郭建築は許されず、藩主の居館・藩の政庁として陣屋(御館)が建てられることとなった〔『福井県の地名』221頁、『角川日本地名大辞典 18 福井県』1056頁〕。 陣屋は、吉田郡芝原庄江上村にある九頭竜川南岸の河岸段丘の上に置くこととされ、同地は「松岡」と名付けられた〔。松岡の「岡」は、段丘にある地形から、「松」は、松平の松とも、ここに松林があったからともいう〔『角川日本地名大辞典 18 福井県』1056頁〕。 慶安元年(1648年)11月、造営が開始される〔。造営は、福井藩からの分封に伴い昌勝付きの松岡藩士となった、軍学者・片山良庵が担当〔『越前人物志 上』467頁 、『三百藩家臣人名辞典 第3巻』305頁〕。縄張りは陣屋らしく、二重の方形による構えの簡素なものであり、中心となる御館は総坪数7780坪、その周りに土居と水堀が巡らされ、その内側は「御構之内」、外側は「御構之外」と呼ばれた〔『藩史大事典 第3巻』258頁、『福井県の地名』220頁〕。「御構之内」には123の侍屋敷が配され、「御構之外」には軽輩の屋敷(御徒屋敷20、御坊主屋敷9、足軽屋敷125など)が置かれた〔『福井県の地名』220頁、『角川日本地名大辞典 18 福井県』1056頁〕。 承応3年(1654年)6月、藩主松平昌勝が入部〔『福井県史 第2冊』163頁、『角川日本地名大辞典 18 福井県』1056頁〕。元禄6年(1693年)7月、昌勝が没し、その子・松平宗昌(当時の名乗りは、昌平)が第2代藩主となる〔『福井県史 第2冊』163頁〕。もっとも、享保6年(1721年)12月、福井藩主松平吉邦の死没により、昌平が本藩福井藩を継ぐこととなったため、松岡藩は本藩に併合されて廃藩となり、藩庁であった松岡陣屋も廃された〔『福井県史 第2冊』163頁、おたちのつばき - ふくいブランド〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「松岡館」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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