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松平 斉孝(まつだいら なりたか)は、江戸時代後期の大名。美作津山藩の第7代藩主。第5代藩主松平康哉の三男。初め康孝。のち斉民を養子にして斉孝と改名した。 == 生涯 == 文化2年(1805年)に兄の第6代藩主康乂の死去により、その養子として家督を継ぐ。この頃、津山藩は御家門であるにもかかわらず、石高や待遇において冷遇されていた。これに不満を持った康孝は、幕府にかつての10万石への復帰を訴えた。嫡男がいなかったためと家格復活を実現させるため、幕府からの要請もあり、文化14年(1817年)に将軍徳川家斉の十四男・銀之助(後の斉民)を養嗣子として迎えた(10年後に四男・龍次郎(のちの第9代藩主慶倫)が誕生する)。これにより、津山藩は5万石を加増され、昔の10万石に戻されることとなり、官位・家格も向上した。 天保2年(1831年)11月22日、隠居して家督を斉民に譲った。天保9年(1838年)2月3日に死去。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「松平斉孝」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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